9つの研究グループ報告書要約文

家庭基盤充実研究グループ

はじめに

二十一世紀をめざした「家庭基盤充実」の方向を見定めるに当たって、われわれは次の三点に留意した。
①  従来のタテ割行政や細分化された学問分野を超えた、省際的・学際的共同作業が心要であること。
② 身近な事例や統計的平均値だけで家庭を論じる誤りをさけ、多様な家庭の類型やライフ・サイクルに対応するために、多様な尺度で問題に対処すること。
③ 家庭生活の設計と充実に関しては、各家庭の自助努力と自由選択を尊重し、政治や行政はその基盤の充実に努め、家庭のあり方に介入すべきではないこと。

一 家庭基盤充実の意義
(1) 家庭は人間社会のもっとも大切な基礎集団である。人類は生物的存在であると同時に文化的存在である。われわれは二十世紀の「機械の世紀」から「生命の世紀」ともいわれる二十一世紀を迎えようとしている。家庭基盤の充実は、人間の生命を尊重する新しい世紀を先取りする試みである。
(2) 欧米先進諸国においては、近代化や工業化の過程で生じた家庭基盤の衰弱や崩壊をはじめ、種々の社会病理現象を克服するために、家庭基盤充実
という課題に取り組みはじめている。この課題は、「文化の時代」に対応し、成熟社会に向かっての前進という歴史的意義を持つものである。
(3) 日本の家庭も、明治以来の近代化、工業化、都市化、さらに敗戦に伴う戦後改革とその後の高度成長のなかで、急激な変化にさらされ、多くの困難な問題に直面してきた。しかし大部分の家庭は、自助努力の精神と、人間関係を大切にする日本文化の特質を生かして、よくこの試練に耐え、活力にみちた新しい家庭を形成しつつある。政府の施策は、このような自助努力を支援する方向で展開すべきであり、それは新しい社会に向かっての先駆的な挑戦を意味するのである。
(4) 家庭基盤充実のための施策を進めるに当たっては、次の五つの基本原則を尊重する必要がある。
① 自立性強化の原則-各家庭の自主性、自立性を尊重し、その可能性を高める。
② 多様性尊重の原則―各家庭の個性と多様性とを尊重し、画一化をさける。
③ 地域特性尊重の原則-各家庭と地域社会との結びつき、およびその地域特性を尊重する。
④ 助け合いと連帯の原則-家庭、職場、地域、市場や公共サービスの相互依存のネットワークづくりや助け合いと連帯のなかで、開かれた家庭の形成を図る。
⑤ 総合性の原則-家庭に大きな影響を与える政策の決定に当たっては、総合的立場からアセスメントを行う必要がある。

二 家庭の現状と問題点
(1) 三干五百万世帯の家庭は、それぞれ多彩な個性と歴史を持っているが、多人数世帯が激減したため、平均世帯員数が減少し、世帯数、とくに高齢女性の単独世帯が増加している。また最近における著しい長寿化、末子出産期の早期化に伴って、中高年期以降の人生設計が重要な課題となってきている。
(2) 高度成長をへて真の豊かさが求められるなかで、一時期見失われかけた家庭の大切さが見直されてきている。世論調査によっても、日本人の多くは家庭を一番大切なものと考えており、あたたかい家族的人間関係の維持を強く望んでいる。また、文化や伝統に対しても、健全な平衡感覚を示している。
(3) 欧米に比べて、日本の青年男女の結婚志向は高く、逆に離婚率は低い。また、「見合い」という伝統的な配偶者選びの方法は、現代社会においても強く生きており、内縁関係の夫婦および非嫡出子の割合は低い。夫と妻の役割分担は、多様な家庭の姿に応じて変ってきている。
(4) 出生率の低下傾向が顕著である。子どものしつけは母親に比重がかかりすぎている。育児休業制度の普及は低い。生活に対する子どもの満足度は低く、進学や勉強のことに悩んでいる。子どもの楽しみは、テレビをみたり、友だちと一緒にいることである。
(5) 日本の家族は一体感が強い。年老いた親の扶養を当然と考え、同居志向も強く、高齢者の四分の三が子と同居している。高齢者にとって仕事は生きがいであり、労働志向が強い。なお、家庭婦人をはじめとして、生涯教育への志向がみられる。
(6) 持家志向は、依然として強い。住宅の量および広さは改善されてきたが、敷地面積では悪化しており、とくに大都市で深刻である。市民生活の安全は守られているが、生活関連施設の整備が遅れており、また、騒音や悪臭の問題がある。

三 家庭基盤充実のための提言
(1) 福祉(welfare)とは、本来、「人間にふさわしいよき生活をするために努力すること」を意味する。「よき生活」とは、各個人や各家庭の自立自助努力と、職場、地域社会などにおける相互扶助努力や、中央・地方を通ずる政府の公的扶助などの支援、諸施策とが、相互に補完し合い、均衡と調和のとれた発展をすることによって実現されるものである。
(2) 今後、家庭基盤充実のための施策を進めるに当たっては、次のような時間、空間、経済、文化など、家庭に関する種々の基盤を総合的に充実・強化しなければならない。
① 物的・空間的基盤としての住宅、環境、コミュニティ、地域社会などの整備・充実。
② 経済的基盤としての雇用、所得、物価、福祉、資産形成などの安定・充実。
③ 文化的・教育的基盤としての情報サービス、文化・スポーツ施設、学校教育・社会教育施設などの整備・充実。
④ 安全保障的基盤としての防犯、防火、防災、事故防止対策、医療、保険などの整備・充実。
⑤ 諸活動の時間的基盤としての余暇・自由時間の増大。
⑥ 人間関係の基盤としての職場、コミュニティ、地域社会の安定と相互扶助システムの維持・強化。
(8) われわれは、とくに戦後世代が家庭のあり方に積極的な関心を抱くことを期待したい。未来の新しい創造をめざして、どのようにしてゆとりと風格のある家庭を築き、子どもを育てていくか。また、親や祖父母たちの世代がいかに健やかに美しき老年を迎えることができるか。さらに、どのようにして日本型成熟社会を創造していくか。これらはすべて、若き昭和戦後世代の双肩にかかっているからである。

(参考)
家庭基盤充実のための一二の提言

家庭基盤充実のための具体的提言については、報告書の「第三部家庭基盤充実のための提言」をご覧いただきたいが、その要点をいくつかの例示によって述べれば、次のとおりである。

一 住宅・居住環境の質の改善―空間的基盤の充実―
(1) フローの豊かさからストックの豊かさへ。フローとストックの均衡のとれた調和。
(2) 子どもの安全と健全な発育のためのまちづくり―子どもの遊び場や歩道と自動車道との関係に配慮した都市設計。
(3) だれもが安心して住めるまちづくり―犯罪や非行からの家庭の安全の確保。
(4) 災害に備えたまちづくり―緑豊かなオープン・スペースの開発、自主備蓄の推進。
(5) 緑とうるおいのあるまちづくり―小烏や小動物のいる緑の整備。
(6) ゆとりのある住みよい住宅―①新住宅技術の開発。②多様な持家取得への対応。③良質な借家づくり、法制の整備。④強力な地価安定策の実施、諸施策による宅地供給の促進。さらに、①土地の所有権・利用権の分離・調整、②人工的居住空間の建設、について検討。

二 ゆとりと活力ある家庭生活―経済的・時間的基盤の充実―
(1) 将来に不安のない家庭のための資産づくり―財形、貯蓄、保険、年金、相続など、各家庭の努力を支援。
(2) 新しいライフ・スタイルの創造―自然の移り変わりを取り入れた生活設計。
(3) 物価の安定した暮らしやすい社会―政府の強力な物価対策と家庭の賢明な消費行動。
(4) ゆとりとやすらぎをもたらす自由時間の増大―①労働時間の短縮、家族ぐるみの週休二日制の普及。②だれもが遠慮せずにとれる長期有給休暇。

三 健康で生命力あふれる家庭―健康のための家庭基盤の充実―
(1) 豊かな太陽と水と緑―①都市生活のなかに自然とゆとりとを呼び戻す公園・緑地・運動広場の拡充。②だれもが利用できるスポーツ・レクリエーション施設の整備。③学校、企業などの施設や空閑地などの有効利用の推進。
(2) 自然との触れ合いの増進-田園と都市の交流の促進、豊かな自然環境を活用するための施設や交通網の整備。
(3) 健康管理の充実―八○年代は「積極的健康管理」(PHC)の時代。だれもが年に一回人間ドック。

四 未来のための育児と家庭教育―子どものための家庭基盤の充実―
(1) 父親.母親の育児・教育活動への支援―①ゼロ歳あるいはマイナス一歳からの幼児教育の重要性。父親の役割と責任の分担。②父親・母親としての自覚と自信、子どもを育てる環境整備。③育児・しつけなど家庭についての学際的共同研究の積極的推進。④母親の健康と母乳哺(ほ)育のための出産休暇の拡充。⑤有職婦人のための育児休業制度の充実と円滑な職場復帰の保障。⑥出生率低下の外的要因の軽減。⑦育児経験の交流の促進。
(2) 保育所・託児所の整備―有職婦人や社会的活動を行う婦人の育児を補完するため、家庭と結びついた保育所・託児所の充実。
(3)幼稚園教育の充実―乳幼児の健全な成育のため、次の成熟への心身の準備と適時教育の確保。
(4)子どものしつけと教育―子どもは未来への使者・「二十一世紀からの留学生」。①子どもが、緑の自然のなかで共同生活をしながら心身を鍛練できる「緑の自然学校」などの整備。②「幼児の森」など子どもがのびのびと遊べるような場や、子ども博物館などの整備。③青少年の交流を促進する団体活動の奨励。④スポーツ・クラブなど施設の整備。⑤詰め込み教育や画一教育、教育偏重の改善。子どもの個性や自主性を尊重し、多様な自已表現欲求や可能性をひき出し、のびのびとした豊かな成長を助ける教育の重視。子どものお稽古(けいこ)ごと教室の質の向上、利用方法の改善。学校教育においても、演劇を正課にするなど、文化に配慮。⑥コミュニティ・公共社会に対するマナーなど、開かれた家庭教育やしつけに配慮。⑦子どもに家事の積極的分担。⑧ボランティア活動への青少年の積極的参加の奨励。⑨味覚や美的感覚など日本の生活文化を配慮した学校給食の質の改善、親と子の触れ合いのある弁当の再評価。⑳子ども部屋については、親の目や人と人との触れ合いにも配慮。⑪青少年の登校拒否、家庭内暴力、非行、自殺の防止のため、家庭・社会環境の改善、親や教師の権威と信頼の確立、地域ぐるみの協力、相談・カウンセリングの実施。

五 婦人の生きがいと生活設計―婦人のための家庭基盤の充実―
(1) 長寿化、子どもの数の減少などにより、子どもに手がかからなくなった後の、中高年婦人の生きがいと生活設計への支擾。
(2) 婦人の育児活動に対する社会的評価―母親としてのプロ意識、専業婦人の自信と誇りの確立。
(3) 社会に新たな活力を与える婦人の進出―女性にとって開かれた、多様な選択の可能な社会の形成。希望する女性に、能力に応じた雇用・職場における男女平等の促進。

六 高齢者の健康と老後設計―高齢者のための家庭基盤の充実―
(1) 健やかな美しき老後のための健康管理。生きがいのある多彩な文化・スポーツ活動や趣味の展開と触れ合い・交流の促進。
(2) 収入確保とともに生きがいである勤労志向に対応し、六〇年六〇歳定年の着実な実現、将来の六五歳定年の検討。知識・経験の活用とボランティア活動の推進。
(3) 三世代同居の条件整備。
(4) 福祉・公共サービスの充実。ひとり暮らしの孤独な死への対策。

七 自立に困難を抱える家庭への支援―心の通い合うあたたかい福祉基盤の充実―
(1) 心身障害者(児)のための住みよいまちづくり。社会参加・復帰のための、家庭の思いやり、地域の援助の促進。
(2) 母子家庭・父子家庭、生活保護家庭、犯罪・交通事故にあった家庭などへの支援。

八 文化活動と多様な生涯教育の充実―文化・教育基盤の充実―
(1) 文化活動の多彩な展開―「手づくり」の隆盛や「まつり」の復活など、文化・地域活動への欲求の高まりに対応。移動「文化の祭典」の実施。
(2) 生涯のいつでも多様な教育の機会の享受、新たな人生の可能性の開拓。各種カルチャー・センター、コミュニティ・カレッジなどの充実。

九 家庭に対する情報の提供―情報ネットワーク基盤の充実―
(1) 育児、健康、生活、職業、生涯教育、文化活動など、多様なニーズに対応した各種情報提供システムの充実。
(2) 「どこに行けばどのような情報が得られるのか」、情報提供システムの改善。
(3) 有線放送システム・テレビ(CATV)など、新しい情報提供システムの開発。

一〇 家庭とコミュニティの連帯―コミュニティ基盤の充実―
高齢者の知識経験を活用し、家庭婦人の社会参加の機会を拡げ、子どもたちの経験と自覚を促すためにも、各種コミュニティ活動、ボランティア活動を促進。資格の付与、功労者の顕彰の拡充。さらに、「ボランティア活動有給休暇制度」の創設を検討。

一一 国際的に開かれた家庭―国際交流のための基盤の充実―  小学校から日本文化の特質や外国の生活・文化を生きた事例で教育。中学・高校レベルの留学、交流。国公立大学の国際化。家族ぐるみの国際交流。先進国の社会病理現象克服のための共同研究の推進。

一二 施策の総合的推進体制の確立―家庭基盤充実のための行政基盤の充実―
明治以降の近代化、産業化、西欧化の目標を達成し、「文化の時代」に対応して新たな展開が必要とされているいま、明治十九年以来の各省庁体制、「タテ割行政」の見直しが必要。とくに、総合性を強く求められる家庭基盤充実のための諸施策の推進に当たっては、各省庁の連絡調整をいっそう緊密にし、総合的展開を図ることが必要。内閣総理大臣を本部長とする「家庭基盤充実対策本部」を設置。

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