『清末民国期における工学系留学生と日本』
徐 蘇斌(国際日本文化研究センター 外来研究員)
<アジアの過去と未来をつなぐ工学系中国人留学生の解明>
この度は、大平正芳記念財団「第18回環太平洋学術研究助成費」の受賞対象に選定して頂き、大変嬉しく、また誠に名誉なことと思っております。深く感謝申し上げます。
私は工学系(建築学)出身ではありますが、歴史研究を専門としており、大学院に進学以来、日中比較都市・建築史の研究に取り組み、この成果により博士号を取得しました。教職に就いて間もなく、日本学術振興会の外国人特別研究員として来日の機会を得てからは、東京大学生産技術研究所をはじめ、同東洋文化研究所、さらに京都の国際日本文化研究センターを拠点として、戦前期における工学系中国人留学生の活動に着目して研究を進めてまいりました。
昨年、文部科学省が推進してきた「留学生受け入れ10万人計画」は、施行後20年にして目標の達成をみましたが、とりわけ中国人留学生は70,814人とその7割を占め、アメリカ留学の中国人64,757人を超えるに至っております。また、中国国内の留学ブームもあり、日本への留学希望者は今後ますます増加するとの予測もあります。
むろん、中国人の日本留学は近年に始まったものではなく、戦前にも多くの青年が日本へと留学しておりました。そうした実態は、日中交流史研究において一定の成果を上げていますが、こと工学系留学生に関する研究は渺々たるもので、歴史的空白となっております。
翻って、戦前の留学生は鉄道・機械・土木・建築・応用化学・紡績などの工学領域全般に亘っており、近代中国の国土建設に果たした役割の大きさは多大なものがあります。その意味で、当該留学生の日本での就学状況や帰国後の活動の実態解明は、問わなければならない不可避的な問題と言えます。
本研究では、こうした工学系中国人留学生にスポットを当て、文献資料の発掘・収集をはじめ、関係者へのインタビューなどを通じて歴史的評価を行うことを目的としています。また、私自身も一工学系留学生の身でありますが、今日の工学系留学生たちは、日本で工学技術を学びながら、併せて如何に人生を歩むか、という大きな課題にも直面しています。その意味でこの研究は、戦前期の工学系留学生の研究を通して、未来への啓示を発見しようという試みでもあります。
略歴
1984年天津大学建築系卒業、92年同博士修了、工学博士学位取得。同年東京大学生産技術研究所外国人博士研究員(日本学術振興会外国人特別研究員)。中国・清華大学建築学院講師、東京大学東洋文化研究所外国人研究員、国際日本文化研究センター客員助教授、中国・西南交通大学建築学院客員教授を経て、現在、国際日本文化研究センター外来研究員(日本学術振興会外国人招へい研究者)。研究領域は日中産業交流史、都市建築文化史。著書に『日本対中国城市与建築的研究』(中国水利水電出版社、1999年)。受賞に交通調査・研究優秀賞(東日本鉄道文化財団、2003年)と論文優秀賞(中国建築学会、1983年)などがある。