「中国の所得格差と成長持続性―医療、教育、年金からみた社会の行方」
三浦 有史(みうら・ゆうじ)(株式会社日本総合研究所調査部環太平洋戦略研究センター主任研究員)
<制度が格差を増幅し、階層の固定化を促すメカニズム>
この度、第24回環太平洋学術研究助成費の出版助成を賜り、誠に光栄に存じます。大平正芳記念財団の皆様および拙稿をお読みいただいた運営・選定委員会の先生方に心より感謝申し上げます。
世界経済にしめる中国の比重の高まりに伴い、わが国における中国に対する関心は日増しに強まっております。しかし、マスコミを通じて入ってくる情報はおよそ二つの種類に限られます。ひとつは大国化する中国を映し出したものです。自動車の販売台数が米国を抜いて世界一となったというニュースが象徴するように、中国の成長力をいかに取り組むかは日本経済の浮沈を左右する問題となっています。もうひとつのニュースは所得格差の拡大が著しく、社会が不安定化しているというものです。暴動の件数は増加の一途にあり、少なからぬ人が共産党の一党支配の先行きに不安を感じています。
情報量は増えたのですが、こうした表面的な情報だけでは、等身大の中国がなかなかイメージできません。中国はどうなるのか。所得格差の拡大にともなう社会の不安定化は、あまりにも急速な経済成長による一時的な現象なのか。あるいは、臨界点に向けて容易には止まらない坂道を下っているのか。
本書はこの疑問に向き合うことから始まりました。注目したのは医療、教育、年金という制度です。中国は「和階社会」(調和のとれた社会)の構築を掲げ、所得格差の是正に取り組んできましたが、これらは都市と農村を区別する二元的なものであるため、格差を増幅し、階層の固定化を促してきました。この構造が改まらない限り、不安定化は止まらないというのが本書の結論です。
医療、教育、年金といった問題は、そのひとつひとつが独立した研究領域となっています。また、所得格差の拡大がどのように社会を不安定化するのかという問題は心理学の領域に属する問題といえます。そういった点では、本書はに挑戦的な取り組みでありました。書き終わって、改めて見直すと、自らの未熟さを痛感ところが多いのですが、今回、助成を頂いたことを励みに、今後も挑戦を続けていきたいと考えております。
略歴
1964年島根県生まれ。1989年早稲田大学社会科学部卒業、1989年日本貿易振興会(JETRO)入会、海外調査部アジア大洋州課、ハノイ事務所所長、企画部事業推進担当(アジア)を歴任。1999年株式会社さくら総合研究所環太平洋研究センター、2001年から株式会社日本総合研究所調査部環太平洋戦略研究センター。専門はアジア経済、中国の社会保障政策。主な著書に『ODA(政府開発援助)-日本に何ができるか』(共著、中央公論新社、2003年)、「ASEANの内部経済格差」『ASEANの経済発展と日本』(伊藤隆俊・財務省総合政策研究所編著、2004年、日本評論社)など。現在、株式会社日本総合研究所調査部環太平洋戦略研究センター主任研究員。
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