『大恐慌下の中国-市場・国家・世界経済』(名古屋大学出版会 2011年)
城山 智子(しろやま・ともこ)(一橋大学大学院 経済学研究科 教授)
中国経済をめぐる様々な連関に光を当てる
このたびは、大平正芳記念賞を賜り、財団・運営・選定委員会の先生方に心から御礼申し上げます。また、本書の執筆に当たりご指導・ご助力を頂いた日本内外の先生方と同僚の皆様、名古屋大学出版会、そして友人家族に深く感謝いたします。
本書は、1929年10月のニューヨーク株式市場の暴落を一つの契機とする世界経済の危機が、中国にどのような影響を与え、そして中国はそれらにどのように対応したのかを検討したものです。大恐慌の広がりとその影響の深刻さは、20世紀初頭における世界経済の密接な連鎖と表裏の関係にあり、中国も、その中で例外ではあり得ませんでした。例えば、多額の外資が、1930年代半ばに突然引き上げられることで、上海金融市場は深刻な危機に陥りました。また、各国が不況からの脱出を図る中で国際金本位制が終焉を遂げたことは、当時、世界でほぼ唯一銀本位制を採っていた中国の通貨システムにも大きな影響を与えました。
大恐慌という外部からの衝撃が波及していく過程に着目することで、本書は、中国経済と世界経済、銀行と企業、都市と農村、といった、中国経済をめぐる様々な連関に光を当てることができました。同時に、見逃すことができないのは、当時の人々も、経済危機という苦境の中で、自分たちが如何に深く世界の他の地域と結びつき、多様な関係性の中で生活を営んでいるかということを明確に認識したことです。そうした認識の上に立って、中国はその長い歴史の中で初めて、政府が通貨供給をコントロールする管理通貨制へと移行しました。その後、1950年代から70年代までの閉じられた時期を経て、再び世界経済に対して門戸を開いた現代の中国経済にとっても、通貨をめぐる国家と市場との緊張関係は、大きな意義を有しています。
こうした他国・他地域との関係性の認識と新たな秩序への模索は、2008年のリーマンショックに端を発する現在の通貨・金融危機への対応を探る上でも、重要な課題であり、また、これまでの大平正芳記念賞受賞作の多くが共有してきた問題意識と考えられます。本書をそうした作品群の中に加えて頂いたことは、誠に光栄であり、今後とも、中国経済の歴史的展開に関する研究を進めることで、今回頂いた大きなお励ましに応えたいと存じます。ありがとうございました。
略歴
1988年 東京大学文学部卒業。1990年 東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了 (文学修士)。1999年ハーバード大学大学院歴史学部博士課程修了 (Ph. D., History)。北海道大学文学部助教授、一橋大学大学院経済学研究科助教授、准教授を経て、2008年 から一橋大学大学院経済学研究科教授(経済史部門)。通貨・金融史、企業史を中心とする近現代中国経済史の他、18世紀以降のアジア経済史について研究を行っている。