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第30回受賞作及び受賞者名

 『Why Adjudicate??Enforcing Trade Rules in the WTO』(Princeton University Press 2012年)

Christina L. Davis(クリスティーナ・デイビス)(プリンストン大学 政治学部 教授、同大学 ウッドロー・ウィルソン 公共政策大学院 兼任教授)

なぜ国家は提訴するのか?
WTOにおける貿易ルールの施行

 このたびは、大平正芳記念賞をいただくことになり、大変嬉しく、また光栄にぞんじます。財団関係者の方々、選考委員会の皆様に心よりお礼申し上げます。また、本書の執筆にご協力くださった貿易関係の官僚の方々、私の研究を手伝ってくれたプリンストンの学生たち、そして本研究が完成するまでの八年間私を支えてくれた家族に深く感謝いたします。
  本書は、貿易紛争の解決における世界貿易機関(World Trade Organization)の仕組みと効果というテーマについての研究書です。
  WTOは、国際貿易を規定する様々なルールに関する交渉と施行を監督しています。なぜ国家は、貿易紛争を自分自身で解決せず、代わりにWTOの紛争処理機関に判断を委ねるのでしょうか?本書 は、WTOへの提訴の背景にある国内政治を研究し、貿易紛争解決機関の利用が、なぜ各国政府と国民にとってよりよい成果をもたらすのかを究明しています。
  経済的相互依存が繁栄と紛争をもたらしてきた環太平洋地域において、WTOは特に重要な役割を持ちます。貿易摩擦への効果的な対処方法は、東アジアの経済発展モデルにおいて不可欠であり、本書は日米がいかに二国間交渉から提訴に重点を移してきたか考察します。更に、中国の貿易障壁に対して法的措置を取る際の課題と、それに対して日米が相異なる取り組みを行ってきた理由を論じています。米国は中国に対してWTOでの提訴という形で攻撃的なアプローチをとってきました。一方、日本政府は交渉による問題解決をはかることが多く見られます。ただし、全ての国に共通するのは、提訴の選択肢があるということ自体が 、国内政治において貿易ルールの信頼性を高めるのに役立つということです。
  本書の分析によると、産業界の陳情、立法過程における規制、そして国際政治情勢が、 WTOへの提訴案件や提訴国を決定する要因になります。民主主義の決定過程は、国際貿易交渉を非公式な交渉から公開された訴訟へと導く傾向にあります。官僚組織は、法的提訴を国内政治の対処に活用し、国内貿易利益を守ろうとします。WTOの紛争解決機関を用いることで、国家と国内関連諸団体は自己の利益を他国に効率的に伝え、またそういった情報を共有することによって、政策実務者は貿易戦争を避けることができます。本書は 貿易紛争と判例のデータを用い議論を経験的に実証します。これらの判例はボーイング社・エアバス社間の航空機補助金紛争、中国の知的財産権をめぐる紛争、及び米国の鉄鋼産業保護に対する日本による複数回にわたる異議申し立てを含んでいます。米国からの輸出に対して設けられた対外貿易障壁の分析においては、本書はなぜ米国が交渉ではなく紛争解決機関を活用したのか、またそうすることによってなぜよりよい成果を得られたのかを説明します。ペルーとベトナムの事例研究は、このような提訴が発展途上国にも利益をもたらすことを示します。
  長い間日本の貿易政策を研究してきた私にとっては、現在は大変面白い時期となっています。世界貿易機関の交渉は難航していますが、一方で二国間や地域間協定は盛んに結ばれています。今の日本にとっては、環太平洋戦略的経済連携協定の交渉(TPP)が大きな課題となっています。ルール作りのなか、関税だけでなく、貿易ルールの交渉と施行は大事なテーマです。アメリカでも日本でも、国内市場を開放する代わりに輸出が伸びることを期待していますが、それは実現できないときはどうするかということを深く考えるべきです。本書の結論によれば、国際貿易と国内政治との調整をするのに、法律をもちいた貿易紛争の解決を求める必要があります。
  今日まで私は、日本の貿易政策の経験と国際政治理論に基づいた研究をしてまいりました。今回の受賞を励みにして、これからも研究に励んで参りたいとおもいます。本当にありがとうございました。

略歴< br />1993年ハーバード大学東アジア研究学部卒業、2001年同大学院政治学部博士課程修了。政治学博士。< br />国際関係論と比較政治学についての研究と授業を行い、特に貿易政策を専門としている。主な関心分野は、日本をはじめとする東アジア諸国の政治と外交政策、そして国際機関についての研究。< br />代表的な著書は、「Why Adjudicate? Enforcing Trade Rules in the WTO」 (プリンストン大学出版局、2012年)に加え、「Food Fights Over Free Trade: How International Institutions Promote Agricultural Trade Liberalization」 (プリンストン大学出版局、2003年)がある。研究論文は American Political Science Review, Comparative Politics, International Security, World Politics等の学術誌に出版されている。

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