『アジア太平洋地域形成への道程-境界国家日豪のアイデンティティ模索と地域主義』
大庭 三枝(東京理科大学工学部助教授)
<地域としてのアジア太平洋>
東京大学大学院の修士課程在籍時よりほぼ10年間、アジア太平洋地域主義の研究を行ってきました。この研究の原点は、あまりにも広い地理的領域を範囲とする「アジア太平洋」を一つの地域と認識しえるのか、そしてそれなのになぜ、そこが「地域」と認識され、様々な地域協力構想が提唱されてきたのか、を疑問に思ったことにあります。「アジア太平洋」が地域としてあまりにも曖昧で不自然に感じられたからこそ、この地域における地域主義の歴史に興味を抱いたのでした。修士論文では、統計的手法を用いてアジア太平洋地域主義の生成とそれを促した規定要因の特定を行いました。博士論文では、日本とオーストラリア各々の、地域主義を推進しようとする数多くの試みが、いかに「アジア太平洋」という地域の形成を促したのか、というテーマに取り組みました。このたび第21回大平正芳記念賞を受賞した私の初の単著は、この博士論文が元になっております。この著書の中で、故大平正芳首相の環太平洋連帯構想は、アジア太平洋地域主義の発展にとっての画期的な出来事として位置づけられています。この度、その故大平首相の遺志を受け継いだ大平様吉記念財団から賞をいただけたことを大変光栄に思います。財団関係者の方々に改めて御礼申し上げます。
さて、思えば修士論文を執筆している頃は、研究テーマを聞かれたときに「アジア太平洋における地域主義の生成」などというと、「アジア太平洋とは何ですか」とか、「アジア太平洋とはほんとに地域なのですか」とか、などと聞かれることが非常に多かったものです。また、「アジアにおける地域主義なんて非現実的だ」という通念も非常に強いものがありました。しかしその後、APECやARFなどの地域枠組みが発展し、また「東アジアの奇跡」と喧伝された経済ブームのなかで「アジア=後進地域」という偏見が薄れるにつれ、「アジア太平洋」という地域やそこでの地域主義に対する認知度は格段に高まりました。しかし1997年のアジア通貨危機を経た後、アジアにおける地域主義は新たな展開を見せます。ASEAN+3に具現化された東アジア地域主義が注目を集め、さらに日中韓三国間協力、アジア協力対話(ACD)、六カ国協議など、様々な地域枠組みが形成されつつある一方、二国間あるいはASEAN+αの形でFTAを締結する動きが同時並行で進んでいます。また中国がその経済発展を通じて影響力を増しつつあり、地域主義推進やFTA締結の動きを活発化させています。南アジア諸国とASEAN諸国との関係が以前より緊密化しつつあることも注目されます。このような、1990年代後半以降顕在化しつつある、アジアにおける地域主義を取り巻く錯綜状況をどのように捉えるべきか。このたびの受賞を励みとして、今後も研究を続けていきたいと思います。
略歴
1968年東京生まれ。1991年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。1994年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、2002年東京大学大学院総合文化研究科より博士号取得(学術博士)。日本学術振興会特別研究員(PD)(1998〜1999年)、東京大学大学院総合文化研究科助手(1999〜2001年)を経て、現在、東京理科大学工学部助教授。