『アジアにおける工場労働力の形成―労務管理と職務意識の変容』(日本経済評論社 2007年)
大野 明彦(おおの・あきひこ)(青山学院大学国際政治経済学部教授)
<より汎用性の高いフレームを模索して>
アジアを対象とする研究者として、環太平洋研究を対象とする大平正芳記念賞を賜り、まことに光栄に存じております。財団および選定委員会の諸先生に心より御礼申し上げます。
かつて、インドの製糖工場で労働者への聞取調査をしたことがあります。そこで経験した生産現場は、かつてトヨタの本社工場でみた生産現場とは異質な存在でした。そのふたつの生産現場を、工場という概念で一括にして議論するには強い違和感を覚えました。この違和感が、拙書の原点となりました。
工場労働力の創出とそれに対応した適切な労務管理は、歴史的過程における産物にほかなりません。歴史的産物を定点観察するには長期にわたるコミットメントが必要となりますが、それは一研究者の手には余る作業です。そこで対象地域を固定することを諦め、工業化が始まったばかりの地域から比較的進んだ地域の、それも比較的高度な産業を対象として、それらを擬似的な時間軸に載せるという手法を採用しました。工場から従業員を対象とした調査の許可をえることは、必ずしも有意なことではありません。そのために著作としてまとめるのに、思いのほか、時間がかかってしまいました。
適切な労務管理戦略の策定は、工業化にとって不可欠であることは言うまでもありません。しかし経済学では、労働市場についての分析は進んではいますが、工場における労務管理については充分な分析用具を提供していません。そのために問題意識は経済発展にあるものの、手法としては産業・組織心理学といった異分野の手法に頼らざるを得ませんでした。しかし経済学でも、近年、経済心理学の興隆や労務管理に対する新たな理論が提示されつつあり、それらの接合により労務管理についての新たなアプローチの可能性が広がりつつあります。現在、日系企業を対象として広範な調査を行なっているところですが、そこから得られるデータを利用してより汎用性の高いフレームを模索していく所存です。
略歴
1953年山口市生まれ。1977年山口大学経済学部卒業、1984年一橋大学経済学研究科終了。経済学博士(一橋大学)。成蹊大学・大阪市立大学助教授を経て、1999年より青山学院大学国際政治経済学部教授。1980-81年、文部省留学生としてDelhi School of Economics. 主要論文、’Market Integrators for Rural-based Industrialization: The Case of the Hand-Weaving Industry in Laos’ (2001) and ‘Rural Clustering at Incipient Stages of Economic Development: Hand-weaving Clusters in Laos’ forthcoming など。