『現代ロシアの貧困研究』(東京大学出版会 2011年)
武田 友加(たけだ・ゆか)(一橋大学 経済研究所 専任講師)
ミクロ計量分析の手法を援用
この度は、名誉ある大平正芳記念賞を賜り、大変光栄に存じます。大平正芳記念賞運営委員会・選定委員会の先生方、財団関係者の皆様、そして、これまで支えて下さった方々に,心よりお礼申し上げます。
受賞作は、社会主義から資本主義への大転換という未曾有の歴史的大事件に直面した移行経済下ロシアの貧困を、家計の貧困動態、都市・農村の貧困、プロ・プア成長という3つの視点を軸として、主に、ミクロ計量分析に基づき明らかにしています。ソ連時代には、貧困の存在の否定というイデオロギー上の問題だけでなく、データの圧倒的不足のため、貧困研究の発展が大きく阻まれていました。しかし、体制転換の中、貧困に関わるデータが公表されるようになり、研究機関によって全国レベルの大規模家計調査が定期的に実施されるようにもなりました。このようなデータの構築・整備・開示により、ロシア貧困研究を巡る研究環境は大幅に改善されたといえます。
しかし、その一方で,ロシア国内の研究者によっても指摘されているように、政策立案・提言の上で重要であるにも関わらず、個票データを用いた科学的手法に基づくロシア貧困研究が少ないのが現状でした。そこで、拙著では、この共通認識の下、ミクロ計量分析に基づくロシア貧困研究を志すことになりました。そして、それは、科学的手法、つまり、社会科学における共通言語の一つといえるミクロ計量分析の手法を援用することによって、ロシア貧困研究を、ロシア一国の地域研究に閉じ込めることなく、他国との比較研究や他分野との境界領域という広い文脈の中に位置づけられるのではないか、と考えたからでもありました。
拙著に込められたこのささやかな試みが成功したかどうかはわかりませんが、この度の受賞は大きな励みであり、今後も、他地域・他領域と繋がりのあるロシア経済研究を目指して、研究に勤しむ所存です。ありがとうございました。
略歴
東京生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。1999年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、2004年同大学院博士課程終了。2007年東京大学より博士号(経済学)取得。東京大学大学院経済学研究科助手[文部教官](2004-2007年)、特任研究員(2007-2008年)、早稲田大学政治経済学術院助教(2008-2010年)を経て、2010年より一橋大学経済研究所専任講師。国際的経験として、2001-2003年ロシア国立大学高等経済学術院・労働市場研究センター・研究フェロー、2011年ILOコンサルタント(カザフスタン)。主な専門は、ロシアの貧困・不平等・労働市場の実証研究。