『都市を生きる人々-バンコク都市下層民のリスク対応』(京都大学学術出版会 2011年)
遠藤 環(えんどう・たまき)(埼玉大学 経済学部 准教授)
タイの事例から今日の日本が学べることも多い
このたびは、大平正芳記念賞という大変栄誉ある賞を賜り、財団理事の皆様、運営・選定委員の先生方に心よりお礼を申し上げます。また、本書執筆にあたり、ご指導下さった全ての方に改めて感謝致します。
受賞作は、バンコクを舞台に、都市下層民のリスク対応過程と日々を生き抜く様を、特に「居住」と「職業」に着目しながら明らかにしています。開発経済学では、露天商、廃品回収人やバイクタクシー運転手などの「インフォーマル経済」と呼ばれる職業は、経済が発展すれば消滅すると考えられてきました。ところが、タイの急速な経済発展にもかかわらず、依然としてこれらの職業に従事する人は多く、一部では拡大を見せていました。当初は、これらの職業の経済的分析をしたいと考え、コミュニティでの長期調査を始めました。
ところが、2004年に主な調査地の一つであった都心のコミュニティが大火災に遭遇し、全焼してしまいます。その後の長期に渡る再建・復興過程では、人々は様々な制約の中で、持てるリソースや関係を駆使し、何とか生活を再建しようと試行錯誤を続けます。その過程に向き合う中で、研究テーマ自体も変化して行きました。レイオフや火災などのリスクが人々の労働と生活に与える影響とその対応過程を、動態的に捉えることが重要であると考えるようになります。ただし、都市下層民と言っても一様ではなく、内部の格差も拡大していました。内部の階層性とその再編、階層上昇の有無に関しても、内在的な論理に留意しながら分析することになりました。結果的には、都市下層民の側からインフォーマル経済やコミュニティの複合的な機能を明らかにすることにもつながりました。都市のコミュニティは、人々が直面する様々なリスクを吸収し、変化を許容する空間です。コミュニティだけでは限界がありますが、それでも、ある程度不安定性を吸収し、人々が都市を生き延びるために必要な様々な機能を担っています。
グローバル化の時代においては、静態的な貧困概念、つまり「今、どれだけお金を持っているか」ということよりも、実は不安定性や「リスクに対応出来るかどうか」が決定的に重要になります。タイの事例から、今の日本が学べることもたくさんあるように思います。本書は来年度に英訳を出版することになりました。受賞に恥じぬよう、今後も精進していきたいと思います。
略歴
1999年京都大学法学部卒業。2001年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了、2004年博士後期課程単位取得退学。2003年6月?2005年6月チュラーロンコーン大学社会調査研究所客員研究員。
2007年京都大学大学院経済学研究科より博士号取得。日本学術振興会特別研究員、京都大学東南アジア研究所GCOE研究員などを経て、2008年より埼玉大学経済学部講師。2011年10月より准教授(アジア経済論、タイ事情)。