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第28回受賞作及び受賞者名

特別賞

 『戦後日本人の中国像-日本敗戦から文化大革命・日中復交まで』(新曜社 2010年)

馬場 公彦(ばば・きみひこ) (株式会社岩波書店 編集局 副部長)

知識人への敬意、編集者への連帯感

  このたびは第28回大平正芳記念賞特別賞の栄誉にあずかり、財団の運営委員および選定委員の皆さまに深く感謝いたします。何よりも今から40年前の日中国交正常化当時、外相として多大な貢献をなさった大平先生を冠する賞であることに、無上の喜びを感じています。
  拙著では日中関係の担い手として、大平先生のような政府首脳ではなく、知識人・研究者に焦点を当てました。日本の敗戦による日中断交から日中復交までの27年間、彼らが日本の言論界・学術界で公表した中国論を分析し、日本人にどのような中国像・中国観を醸成したのかを考察しました。集めた同時代中国を論じた関連記事は、のべ24誌の総合雑誌に掲載されており、総計2554本に上りました。
  私は出版界で編集者として雑誌や書籍の編集に携わってから、かれこれ30年近くになります。関連記事に当たっておりますと、掲載誌の担当編集者への連帯感のようなものがわき上がってきました。同時代論というのは、結末の分からない競技のシナリオを書くような作業です。しかも、中国という複雑で巨大で変動し続ける対象をどう捉えるか。そこには日本の命運がかかっています。公論には責任とリスクが伴います。編集者は書き手の人格に信頼を寄せ、予見の外れるリスクを背負う覚悟をもって、言論を論壇に送り届けていきます。
  1966年からの文化大革命においては、日本でも文革の賛否論議が論壇を席巻しました。その後、中国では文革が公式に全否定され、日本の文革支持論はあたかも敗者の言説のように扱われ、かつての文革支持者は今なお沈黙しています。日中戦争を支持し協力した学者・知識人が、戦後になって学術界や論壇から退場していったかのように。後人が歴史の後知恵で先人の言説の正否を裁断する風潮は、公共知識人の責任意識を委縮させ、これまで蓄積してきた精神史の豊かな水脈を断ち切ることにつながります。
  今、総合雑誌は冬の時代を迎え、論壇という言葉は死語に近くなり、出版界自体が地盤沈下しています。代わって活況を呈しているのが、ツイッターやブログをはじめとするネット言論です。その言論空間では論者と受け手が直接つながり、場合によっては一体化していて、賛同の追随者の多寡で勝敗を決するような闘技場さながらです。そこにはわれわれのような編集者は介在していません。公論に全存在を賭ける論者に敬意をいだきながら学術界—論壇—読者をつないでいく、編集という職能と、出版という事業が見直される日の来ることを願っています。

略歴
1981年北海道大学文学部卒業,1983年北海道大学文学部大学院東洋哲学研究科修了,文学修士.株式会社東方書店勤務の後,1989年より株式会社岩波書店入社,『思想』編集部,『世界』編集部,学術一般書編集部編集長を経て,現在編集局副部長.2007年4月 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程入学,2010年3月 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学,学術博士.2011年前期 千葉大学文学部非常勤講師,2010・2011年度 早稲田大学特別センター員,2011・2012年度 愛知大学国際問題研究所客員研究員,単著書に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』2004年,法政大学出版局,『戦後日本人の中国像??日本敗戦から文化大革命・日中復交まで』2010年,新曜社がある。

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