『日米構造協議の政治過程-相互依存下の通商交渉と国内対立の構図』(ミネルヴァ書房 2013年)
鈴木 一敏(すずき・かずとし)(広島大学大学院 社会科学研究科 准教授)
環太平洋の連帯を切っ掛けとした世界全体の自由化の流れ
このたびは、名誉と伝統ある大平正芳記念賞を賜り、この上なく光栄に存じます。財団を支える皆様、運営委員・選定委員の皆様、そして私の研究と出版を進めるうえで支えてくださったすべての皆様に、深く感謝申し上げます。歴代の受賞者を拝見いたしますと、まさに錚々たる方々が並んでおります。その末席に加えて頂いたことに恥じぬよう研鑽を続けねばと、思いを新たにしております。
本書は、1989年に始まった、いささか古い交渉の過程を分析したものです。しかしながら、当時の状況は、現在に通じるものがあります。2014年になって交渉が佳境に入ったTPPは、幅広い分野において高度な自由化・調和を志向している点で、当時の構造協議と同じ方向性を持っています。
ただし、TPPは多国間の構想であり、より遠くを目指している点で異なります。現在の交渉参加国の中で日米両国のGDPが大きな割合を占めることから、これは実質的に日米FTAだと指摘されることもあります。しかし、TPPは高度な自由化を多国間で制度化しようとする試みであり、日米間だけでなく、環太平洋地域に新たな秩序を創出する側面があることもまた、明白です。
しかも、その影響は環太平洋地域にとどまりません。自由貿易協定は、第三国に対して協定締結を促すドミノ効果があります。現に、日本がTPP交渉に参加することになってから、その裏側でTTIP、日本EU間のEPA、RCEPといった構想の動きも活発化しています。いままさに、環太平洋の連帯を切っ掛けとして、世界全体の自由化の流れが、先進3局の地域主義による連帯という、新たな段階に差し掛かっていると言えましょう。
幅広く高度な自由化を目指せば、必然的に、それまで国際化への対応を免れてきた産業や慣行も新たに対象となり、各国内で高度に政治的な利害調整が求められます。過去に似たような隘路をどのように踏破してきたのかについての本書の分析が、大平正芳先生が提唱された「開かれた地域主義」の実現に、ほんの少しでもお役に立てたとしたら、これほど嬉しいことはありません。
略歴
1975年、静岡県生まれ。1999年東京外国語大学スペイン語学科卒業後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程に入学。2004年に博士課程を単位取得退学後、2004年東京大学学術研究支援員、2008年日本学術振興会特別研究員。2009年に東京大学より博士(学術)を取得。2009年4月より現職。主な研究領域は、国際交渉、グローバリゼーション、およびマルチエージェント・シミュレーションによる理論研究。主要論文: 「たすきがけ報復の増加とその選択的利用??米国通商政策の分析」『国際政治』160号、1-16頁、2010年、等。