インフォメーション

第31回 受賞作及び受賞者名

『Japan, the US, and Regional Institution-Building in the New Asia:When Identity Matters』(Palgrave Macmillan 2013年)

芦澤久仁子(あしざわ・くにこ)(アメリカン大学国際関係学部講師、日本プログラムコーディネーター)

冷戦後のアジア太平洋地域機構作りに対する日米の外交アプローチ

 このたびは30年以上の伝統ある大平正芳記念賞を頂くことになり、大変光栄に存じます。貴財団の皆様、選考委員会の先生方、本書の研究に協力を頂いた日米政策担当者の方々、そして、私の研究と出版を進めるうえで支えて下さった恩師の方々、特にこの本を推薦して下さったケント・カルダー米ジョンズホプキンス大教授、及び、同僚、友達と家族に、心より感謝致します。
 本書は、冷戦終結後のアジア太平洋地域に、相次いで登場した多国間地域機構の創設においての、日本とアメリカの外交政策過程と政策決定要因を研究、分析したものです。具体的には、経済分野での地域協力推進を目指す「アジア太平洋経済協力(APEC)」と、地域安全保障の政府間対話と信頼醸成を進める「ASEAN地域フォーラム(ARF)」の2つの地域機構のケースを取りあげ、冷戦中はこのような地域枠組み作りの実現性に概ね懐疑的であった日米政府が、何故、その懐疑的態度を変え、参加することに至ったかを考察しました。
 事象分析には、筆者自らが組み上げた「価値─行動(value-action)」分析モデルを使用し、それぞれの国の国際構造上における立ち位置と相対的国家能力、政策決定者達が認識する「有用性」、政策決定コンテクストの特徴という3つの側面に注目しました。その結果、日本とアメリカのAPECとARFの創設に対する外交政策とその行動様式において、(1)当時の両国のそれぞれの相対的国力と国際地域構造上の立ち位置と、(2)日本政府とアメリカ政府の外交政策担当者達が相互主観的に認識していた「国家アイデンティティ」─「私の国は何か、何を表しているのか」─の2つが重要な決定要因であった、と論じました。
 本書の分析対象であるAPECとARFは、大平正芳元首相が1980年に打ち出された環太平洋連帯構想が、正式な政府レベルでの組織として実現した、まさに最初の例でした。そして、その後のアジア太平洋地域において様々な地域協力の枠組みが作られる大きなきっかけとなりました。また、このAPECとARFの創設に対して、日本政府は、地味ながらも重要な外交努力を重ね、とてもユニークな「陰の」リーダーシップを発揮し、冷戦後の新しい地域秩序の構築に積極的に関わりました。一方のアメリカは、このAPECとARFの経験によって、冷戦中の排外的な2国間主義を見直し、アジアにおける地域協力枠組みの必要性を徐々に認識することになりました。
 現在、中国が主導するアジアインフラ投資銀行、アメリカが積極的に推進する環太平洋経済連携協定(TPP)など、アジア太平洋地域での地域機構作りが新しい段階に入っており、その構想や実現を巡っての関係国間の政治や協力関係が複雑になり、時に大きな緊張を伴うものとなっています。このような状況下、日本外交にとっては、大平元首相の環太平洋連帯構想の精神を継承しつつ、いかに21世紀のアジア地域秩序を構築していくかが大きな課題です。今回の受賞を励みに、アジア地域機構の研究を続けることによって、この日本のみならずアジア太平洋諸国にとっての課題を考えていきたいと思います。

略歴
1985年慶應義塾大学経済学部卒業。2005年タフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士過程終了。博士(国際関係学)。英オックスフォードブルックス大学の上級専任講師を経て、現在、米アメリカン大学で国際関係学を教える。
主な関心分野は、日本の外交、安全保障、開発援助政策、アジアにおける地域機構つくりとそれを巡る国際政治、及び、日米中関係で、研究論文はInternational Studies Review, Pacific Review, Journal of Peacebuilding and Development等の学術誌および編著本に多数発表。
米ワシントンDCのウッドローウイルソン国際学術センター、東西センター、ライシャワーセンターでの招聘研究員の経験を有す。

1

2 3
PAGE TOP