『金融システム改革と東南アジア―長期趨勢と企業金融の実証分析』(勁草書房 2015年)
三重野 文晴(みえの・ふみはる)(京都大学東南アジア研究所教授)
このたびは、名誉ある大平正芳記念賞を賜り、大変光栄に存じます。財団の皆さま、運営・選定委員会の先生方、そして出版社の勁草書房をはじめ、この本の出版とこれまでの研究活動を支援して下さった多くの方々に,心よりお礼申し上げます。
拙著は、東南アジアの経済発展と金融の関係を、長期歴史統計の構築を通じた長期趨勢の観察と、企業レベルデータによる企業金融分析の2つのアプローチから考察し、1997年のアジア金融危機以降のこの地域における金融改革を再評価しようと試みたものです。東南アジアの中でも主にタイとマレーシアに焦点が当てられています。
拙著の主要なfindingは、東南アジアでは金融業の形成が国民国家による工業化への取り組みよりも早くから進んできたことで、両者のリンケージが当初から低位に留まり、後に先進国からの直接投資に牽引された工業化過程を経たことで、この金融部門と実物経済の間の「乖離」がさらに深まって常態となっているということです。アジア金融危機以降の金融改革では、アジアの金融システムには過度な負債ファイナンスへの依存に問題があるという認識を前提として、証券市場などを通じた資金供給チャンネルの拡充に重点がおかれてきました。この本では、東南アジアの金融システムの実態がこの認識とはむしろ逆の構造にあることを指摘し、そこから金融改革は資金需要サイドの構造をより重視した形で進められるべきであるという政策含意を導いています。
経済発展過程における金融システムをめぐる一般的な議論では、財産権の法的保護という西欧由来の伝統的な価値観に裏打ちされて、成長にとって最適な金融システムの普遍的な形が論じられてきました。私の研究の根本にある問題意識は、そのような理解にたいして、金融システムには実物経済の成長経路や構造によって規定される側面があり、それゆえに実物経済の発展経路に依存して多様なものになる可能性があることを、東南アジアのケーススタディーから示すことにあります。
アジア太平洋地域の経済を理解する上では、金融システムのみならず様々な経済システムの比較論を、アジアを含む地域経済論の豊かな知見の中で深めていくという視角が、重要だと思っています。この本の意義は、具体的な結論を得たというよりは、むしろこのような方法論の提示とともに問題の輪郭をなにがしか描き得たことにあると思っております。
本書の出版とそこに至るまでの研究を支えてくれたたくさんの方々への感謝を胸に、今後さらなる研究に精進して参りたいと思っております。
略歴
1992年一橋大学社会学部卒業、1999年同大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。一橋大学経済研究所助手、法政大学経済学部専任助手・助教授、神戸大学大学院国際協力研究科准教授・教授、京都大学東南アジア研究所准教授を経て2015年より現職。この間、タマサート大学(タイ)、コロンビア大学(米国)客員研究員などを務める。主な研究領域は、経済発展論、金融システム論、東南アジア経済。主要業績、『ミャンマー経済の新しい光』 頸草書房, 2012 (共編著), 『開発金融論』日本評論社 2010(共著),”Fund Mobilization and Investment Behavior in Thai Manufacturing Firms in the Early 1990s.”, Asian Economic Journal, Vol.20 No.1, pp.95-122, March 2006, など。