『タイ混迷からの脱出―繰り返すクーデター・迫る中進国の罠』(日本経済出版社 2015年)
高橋 徹(たかはし・とおる)(日本経済新聞社国際アジア部次長)
2016年度の大平正芳記念賞特別賞をいただき、誠にありがとうございます。
学究的な他の受賞作に混じって「ゴルゴ13」の一場面や薄着の女性の描写などが登場する拙書を選んでいただいたことに、驚きと共にいささかの戸惑いを感じています。
本書は私が2010~15年に日本経済新聞バンコク支局(14年からはアジア編集総局に改組)に駐在した間、「タクシン元首相派vs反対派」の対立でジェットコースターのように目まぐるしく変化したタイ政局を中心に、同国の政治・経済・社会の動きを追ったものです。「クーデターと洪水、経済危機の3点セットを経験しなければ、タイでは1人前とは言えない」。赴任当初、在タイ歴の長い年配の方からそう聞かされました。私は着任直後にタクシン派の都心占拠とバンコク騒乱を、2年目に大洪水を、5年目にクーデターを経験しました。経済危機を「首都騒乱」に置き換えれば、いっぱしのタイ通と認めていただけるのではないか、そう考えたのが執筆のきっかけでした。
タイ現代史の「目撃者」としての自負はありましたが、執筆にあたって留意したのは、記者である自分が目と耳と足で得た情報を過信してはいけない、という思いでした。私のタイ経験はたかが5年間であり、個人の視野は限られます。目の前の事象がなぜ起きたのか、どこに源流があるのか、国際的にはどう位置付けられるのか。歴史をひもとき、国際情勢に照らし合わせ、そして先達の知見を手掛かりに読み解いていくと、点は線になり、やがて面になりました。自分がたどった思索の跡を、まとまった形で残せないか。基本的にはルポルタージュの体裁をとりつつも、本書を6~7世紀頃とされるタイ人の起源から説き起こしたのは、そのためです。
すでに四半世紀がたちましたが、大学で経営学を専攻した私は、卒業論文の序章にこう記したことを覚えています。「ジャーナリズムとアカデミズムの接点に立ち、広い視野で物事を見られる記者になりたい」。学術書と並んで栄誉に浴した拙書が、もしそんな観点でもご評価いただけたのであれば、これほど嬉しく、励みになることはありません。
略歴
1968年10月7日生まれ、香川県出身、横浜国立大学経営学部卒
1992年日本経済新聞社入社、名古屋支社編集部、東京本社編集局産業部などを経てバンコク支局長(2010~14年)、アジア編集総局発足に伴い同総局キャップ(~15年)。15年4月より現職