インフォメーション

第41大平正芳記念賞受賞者

『インドネシア政治とイスラーム主義―ひとつの現代史』(名古屋大学出版会 2023年)
茅根 由佳(筑波大学人文社会系准教授)

このたびは、名誉ある大平正芳記念賞を賜り、誠に光栄に存じます。財団の関係者のみなさま、選定委員会の先生方に、心より御礼申し上げます。そして本書の出版にあたってご支援を賜った先生方や、名古屋大学出版会の皆さまにもこの場をお借りして深謝申し上げます。
本書は、独立期から近年までのインドネシアにおけるイスラームと国家をめぐる葛藤の歴史を描いたものです。イスラームと国家といえば、「イスラミック・ステート(IS)」を名乗る勢力が世界を驚かせたことが比較的記憶に新しいかと思います。ISは民主主義や人権を否定し、また極めて暴力的でした。イスラームと国家の結びつきを、一様に「脅威」とみなす見解を体現するかのような存在だったといえるでしょう。
ムスリムが国民の圧倒的な多数派を占めるインドネシアにおいても、イスラーム政治勢力にはしばしば「不寛容」で「非民主的」、といった否定的なイメージが付き纏ってきました。実際、彼らは宗教的な少数派と対立し、排他的な立場を取ることもあります。他方で、歴史を遡ってみると、彼らは宗教の普遍的な価値観に基づく民主主義の重要性も説いてきました。そして、党派や宗教を超えた勢力と共闘し、権威主義体制に厳しい批判を投げかけてきたのも事実です。本書はこうした歴史に埋もれてきた事実を掘り起こしながら、一見相入れない価値のあいだで揺れ動いてきたイスラーム政治勢力の歩みを辿ることで、インドネシアの現代史を再解釈しようと試みたものです。
今日、世界的に民主主義の後退が危惧されています。1998年の劇的な政変から四半世紀にわたって安定した民主主義を維持してきたインドネシアも、もはやその例外ではありません。本書の刊行後、大統領による権力の濫用や選挙への介入が深刻化し、すでに権威主義国家に転落したとみなされるようにもなってきました。しかし、市民社会には民主主義の伝統が生き続けています。本書が、この国が辿ってきた歴史的な道のりと、多様な民主主義思想のあり方を理解するための一助となればさいわいです。
この受賞を大いなる励みとしまして、今後も民主主義のあり方や政治思想に思索を重ねていく所存です。改めまして、どうもありがとうございました。

略歴
博士(地域研究)。専門はインドネシア現代政治、政教関係。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻修了(2017年)。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員等を経て、現在は筑波大学人文社会系准教授。主要な著作として “Historical formation of Islamist ideology in Indonesia: the role of the Indonesian Islamic Propagation Council (DDII)” (Critical Asian Studies, 2022)、『ソーシャルメディア時代の東南アジア政治』(見市建との共編著、明石書店、2020年)など。

1 2

3

4 5
PAGE TOP