9つの研究グループ報告書要約文

文化の時代研究グループ

総 論 文化の時代の到来

(1) いずれの文化であれ、自己の文化を持つがゆえに「文化」である。いずれの国であれ、長い歴史的過程を経て形成された自己の伝統的文化を持ち、その蓄積の上に外来文化を受容し、それによって活性化され、新しい文化を生み出してきた。
(2) 日本では明治以来、あらゆる面で自己を後進、低水準と規定し、西欧先進工業国をモデルとして、西欧化、近代化、工業化を推進してきた。それも一つの時代の要請であり、それは確かに成果を挙げた。しかしいまや、将来のよりよき状態を求めて、新しい要請(「文化の要請」)が起きている。
(3) この明治以来の自己の文化を否定的に見、外国の文化をあるべき模範と見る傾向、いいかえればこの自己の文化を意識的に把握し、自己の規範の根源を明確にすることを怠る態度は、
① 自らの文化への対応を不可能にし、文化に関する政策を持たない 。
② 自己と相手の違いを把握して外国に自己を説明し、相互理解をはかることを不可能にするという状態をもたらした。
(4) 明治以来のこの状態は、主として対外的劣等感から生まれている。そしてこの劣等感は、時にはそれを裏返した異常な独善的優越感ともなった。この全く相反するように見える両者は、基本的には同根から出ている発想の表と裏にすぎず、日本文化の全面的否定(自信喪失・日本否定)にもなれば外国との連携を拒否する排外的姿勢(自信過剰・外国否定)にもなった。
(5) 近代以前は、商人が文化交流の担い手であった。現代においても、日本文化は主として商品という文化的所産を通じて外国に受容されており、日本は、文化政策なき時代の商人のみによる文化交流の時代から、ほとんど一歩も出ていない。
(6) 今日、国の内外からこれらの解消が要請されている。「文化の時代の到来」は、以上のような明治以来の状態から脱却して、この「文化の要請」に応ずべき時代、また現に脱却しつつある時代の到来を意味する。
(7) 文化の交流とそれによる自己の文化の把握、またそれに基づく文化の要請の顕在化が活発化すべきである。他と接することが自己把握・自己認識の契機であるという点では、個人も一国の文化も変りはない。

一 わが国における文化の現状

一 経済と文化のかかわり
(1) 経済と文化とは、一方が他方に優先したり、あるいは一方を追求するためには他方を犠牲にしなければならないような関係ではない。今後の成熟した経済の時代は、同時に質の高い文化の時代なのである。
(2) 今日の成熟した市場経済の中で、多様で質の高い文化が豊かに生み出されている。しかし、そこでの文化の生産は、国民の短期的ニーズによって左右される。基礎的学問研究や新しい文化伝統の創造などのすべてを市場機能にゆだねることはできない。市場の外に、あるいは市場を補完する何等かの公的環境や手段が必要である。

二 行政と文化のかかわり
(1) もとより文化の創造母体は国民であるが、それは行政が無為無策でいいことを意味しない。無作為は、むしろ文化を殺す無意識の作為である。
(2) 行政の役割は、民間の文化創造のエネルギーを側面から支える副次的なものである。
① 法律、組織、制度など文化の基盤整備。
② 民間活動の刺激、文化を活性化させる国民の気風の養成。
③ 自助の努力を基本としつつ、市場にゆだねておけない文化活動の保護、助成。
④ 民聞で手がかけられない大規模な文化施設、文化活動や文化サービスの供給。マクロ的、長期的な措置。
(3) 文化は、行政が本質的に持つ平等・画一性になじまない。恣意を避けながらも、すぐれた少数派が大勢に押しつぶされないような配慮が必要である。

三 教育と文化
(1) わが国の教育は、国民の文化水準の向上に大きく貢献した。しかし、教育の重点は「有用な知識、技術の修得」におかれ、文化面は軽視された。文化に対する理解と尊敬、実益を離れた文化への献身を、教育の重要目的に加えなければならない。
(2) 学術研究における実利主義の偏重、芸術の軽視も是正されるべきである。基礎と応用、人文科学と自然科学などの問にバランスのとれた発展を図ることが大切である。
(3) 教育その他国の政策の中で、文化の担い手の養成が重視され、強化されなければならない。

四 地域と文化
日本では歴史的に地方の自主性が強く、安定していた。高度成長の結果、経済的な均質化は進んだが、文化面の地域格差は大きいまま放置された。地域における文化ニーズの高まりに応える施策の充実が急がれている。

五 国際社会と文化
(1) 人類の歴史は諸地域間の文化・文明の交流の歴史であり、文化は交流によってこそ生々発展する。
(2) 諸国間の相互依存関係の安定のために、文化交流による相互認識と信頼が重要である。
(3) 経済摩擦への応急手当としてではなく、威丈高な文化帝国主義になることもなく、相手国民の理解を深め、また逆照射によって自らの正体をも発見していくような、そういう文化交流を活発に展開しなければならない。

二 今後の対応の方向―現行文化行政の見直し

一 制度面の改善
(1) 文化振興の法的基盤として「文化振興法」を制定するとともに、地域文化の振興を促すため地方自治法について必要な改正を加える必要がある。
(2) 明治以来の教育優先の考え方の下で、文化行政はいわば教育行政の一部であるにとどまっている。教育と文化の間の予算の顕著なアンバランスも、今後是正されなければならない。地方の文化行政機関も往々にして弱体であり、知事・市町村長の下に、教育委員会と協力しつつ地域文化行政を推進する新しい組織をつくることが必要である。
(3) 文化行政には民問の柔軟な感覚や思考の活用を重視すべきである。文化人からなる委員会の設置、文化人の行政官への任命などを検討するとともに、従来の注目すべき例にもかんがみ、美術館、博物館などの文化施設の長に民間人をあてることを積極的に推進することが望ましい。
(4) 文化振興の核として、政府と民間双方の出資による「文化振興会」を設置し、文化振興の具体的業務を実施させることを検討すべきである。

二 税制・予算面の拡充
(1) 財政再建が軌道に乗ったあかつきの問題として文化においても、教育関係におけると同等の税制上の優遇措置を講ずべきである。
(2) 今後長期計画の下で、文化関係予算の大幅な増額(近い将来に予算総額の○・五パーセント程度まで)を行っていくべきである。
同時に、定まった枠の中での予算の合理的かつ効果的な運用が必要である。
① 総花的バラまきを避け、援助は個々のプロジェクトに対して行うことを基本とし、団体に対する補助金はこの際見直し、固定的・画一的な助成は控える。
② 施設の効果的な活用、人材の養成などソフト面を重視する。
③ 補助金については、対象たる文化にふさわしく、柔軟な運用を行う。

三 各省庁行政の文化的活性化
(1) 文化振興の強化のためには、関係省庁の文化に対する姿勢の転換と真剣な取組みが強く望まれる。
(2) 各省庁は、自らの行政の文化に関係する側面に十分な配慮を払う必要がある。
(3) 公務員が文化を尊重する考え方に発想を転換する必要がある。このため、人文科学専攻者の採用増加(公務員試験の改善)、文化研修の導入などを検討すべきである。
(4) 各省庁の文化面の施策を総合的に調整し、長期的・総合的観点から文化振興戦略を策定する中枢機関として機能するような体制づくりを長期的に検討することが望ましい。
(5) 放送事業において、番組内容のいっそうの多様化努力が望まれる。

四 民間の活動に対する顕彰
(1) 公的な機関や文化施設に寄付者の名を冠した「基金」や「コーナー」などを認める措置も必要である。
(2) 文化創造とその支援活動を広く励ますため、新しい顕彰制度を設ける。

五 地方における文化の振興
次のような措置が必要である。
(1) 住民の多様な文化活動圏を基礎にした諸施策の推進。
(2) 知事や市町村長による文化の重要性の認識と積極的な取組み。文化人による諮間機関の設置。
(3) 文化施設の運営における利用者の立場に立った配慮。公共施設の建設に当たり、すぐれた設計・デザインによる地域文化水準の先導。
(4) 人口の少ない市町村に対する文化事業の巡回の促進。地域文化活動のための学校施設の開放。
(5) 各地の文化施設が保有する文化財の相互貸借の仕組みなど、交流の促進。
(6) 国体方式にならった地方文化・芸術祭の開催。

六 国際文化交流
次のような措置が必要である。
(1) 関係諸機関の協議による文化交流戦略の確立。
(2) 文化交流予算の飛躍的拡大。
(3) 文化広報センター、日本文化会館などの在外拠点の拡充。
(4) 相手国文化のわが国への紹介や第三国間の交流への協力。
(5) 留学生など訪日者に対する帰国後の物品両面の援助。
(6) 開発途上国の文化発展努力に対する「文化協力」。
(7) 海外で交流に従事する専門家の身分保障。
(8) わが国の社会や諸制度の国際化。国際交流基金の地方支所の設置。

1

2

3 4 5 6 7 8 9 10
PAGE TOP