『現代中国の財政金融システム―グローバル化と中央-地方関係の経済学』(名古屋大学出版会 2011年)
梶谷 懐(かじたに・かい)(神戸大学大学院経済学研究科 准教授)
地域研究の固有の重要性の高まり
この度は、拙著『現代中国の財政金融システム』が、伝統ある大平正芳記念賞を賜ることになり、大変嬉しく、また光栄に存じます。
拙著は、改革開放以降の中国経済を、財政金融を通じた地域間の資金の流れに焦点を当てることで、できるだけ包括的に捉えようという問題意識から出発しています。そのため、中国の財政金融に関する制度的、実証的な検討にとどまらず、新制度学派の理論を援用した地方政府の行動に関する分析、あるいは国際マクロ経済学に基づいた為替レートやグローバル不均衡の分析など、扱う内容および方法論もかなり多岐に渉らざるを得ませんでした。
それらの記述が全体で組み合わさり、ある程度まとまった像を結んでいるかどうかとなると、全く心許ない限りです。それでもこのようなスタイルにこだわったのは、中国の複雑な現実は、単一の方法論に基づいた分析を当てはめることになじまないと考えているからです。むしろ、そのような既存の理論的枠組みからこぼれ落ちる現象を丹念にすくい上げ、それを改めて一つのイメージのもとに「統合」するところに地域研究の固有の意義があると信じて、私はこれまで中国経済研究を続けてまいりました。
一方、日本のアカデミズムの現状に目をやると、こういった地域研究のスタイルには残念ながら強い逆風が吹いていると言わざるをえません。英文学術誌に掲載された論文や相互評価をもとに算出された大学の国際的ランキングが重視される中、特定のディシプリンに特化することを回避する地域研究は、かなり不利な立場に置かれていると言えるでしょう。
しかしながら、私自身は、複数の研究手法を統合する「土台」を提供するものとして、地域研究の固有の重要性はますます高まっていると考えております。特に昨今の不安定な日中関係の現状を鑑みたとき、このような「土台」のない断片的な理解は、かえって現実の中国像を誤って伝えることになるのではないか、と危惧しております。そのような中国理解のための「土台」作りをどのように発展させ、また継承させていくか、ということを今後の研究活動における課題として追求していく所存です。
そのような身に余る課題に取り組んでいく上で、今回の受賞はまたとない励みになりました。大平正芳記念賞運営委員会・選定委員会の先生方、財団関係者の皆様、そして、これまで支えて下さった方々に,改めて感謝を申し上げたいと思います。
略歴
1970年生まれ。1994年神戸大学経済学部卒業、1996年神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了、1996-1998年中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了。2000年神戸学院大学経済学部講師、2004年同助教授、2007年同准教授を経て、2010年より現職。関心領域は現代中国経済論、開発経済論、比較経済体制論。著書に『「壁と卵」の現代中国論』(2011年、人文書院)、などがある。