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第38大平正芳記念賞受賞者

『未完の多文化主義―アメリカにおける人種・国家・多様性』(東京大学出版会 2021年)

南川 文里
(立命館大学国際関係学部教授(2022年3月末まで)。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授(22年4月から))
このたびは第38回大平正芳記念賞という栄誉ある賞を賜り、たいへん光栄に思います。大平正芳記念財団のみなさま、審査委員のみなさま、これまで研究を支えていただいたみなさまに心より感謝申し上げます。
本書は、アメリカ国内における多文化主義をめぐる政策、社会運動、論争を議論したものです。多文化主義は、1990年代に複数の文化集団の共存を模索する思想や政策として注目を集めましたが、当初から激しい論争となりました。21世紀になると欧米諸国でも多文化主義が国民社会に「分裂」をもたらすという批判が広がり、2010年代の英国のEU離脱や米国のトランプ現象がその「失敗」を決定づけたと言われています。本書の出発点は、このような時代状況のなかで、「実際のところ、多文化主義とは何であったのか」を明らかにしたいと考えたことにありました。
本研究では、1960年代の社会運動と連邦政府の改革に多文化主義政策のルーツを探り、1970年代に制度化されたことを歴史的資料の分析にもとづいて明らかにしました。1990年代以降は、連邦政府の関与も低下し、「文化戦争」と呼ばれる激しい論争に直面しました。その結果、21世紀の多文化主義政策は、反人種主義への問題関心から離れ、人種的不平等への有効なアプローチを欠いてきたことを示しました。今日、コロナ・パンデミックが不平等の苦難を再び露わにし、それに抗する「ブラック・ライヴズ・マター」の声は世界中に広がっています。2020年代に見られる危機と希望は、多文化主義の歴史の産物であると言えます。
「あとがき」では、本書で参照した多文化主義政策指標において日本は「ゼロ」であり続けていることにも触れました。日本は、政策的には多文化主義の入り口にすら立ったことすらありません。本書が、各国の多文化主義の経験から学び、その可能性を「環太平洋連帯」のもとで追求する一助となることを願っています。

略歴
1973年愛知県生まれ。2001年一橋大学大学院社会学研究科後期課程を単位取得退学。2006年同研究科から博士(社会学)を取得。神戸市外国語大学准教授、立命館大学国際関係学部教授などを経て、2022年4月より現職。専門は社会学・アメリカ研究。アメリカ合衆国における人種とエスニシティ、多文化主義、日系社会の歴史などを研究。著書に『アメリカ多文化社会論[新版]ー「多からなる」一の系譜と現在』(法律文化社、2022年)、『「日系アメリカ人」の歴史社会学ーエスニシティ、人種、ナショナリズム』(彩流社、2007年)など。

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