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第34回 受賞作及び受賞者名

『DILEMMAS OF A TRADING NATION:Japan and the United States In the Evolving Asia-Pacific Order』

(Brookings Institution Press 2017年 )

Mireya Solis(ミレイヤ・ソリス)(ブルッキングス研究所外交政策プログラム上級研究員)

 本日、第34回大平正芳記念賞の受賞を祝う、この特別な場で、皆様方にお話しできることを光栄に存じます。この賞は30年以上にわたり、環太平洋連帯構想に関する優れた学術研究を認め、支援してきました。私の著書、Dilemmas of a Trading Nation : Japan and the United States in the Evolving Asia-Pacific Order (貿易国のジレンマ:アジア-太平洋圏の発展における日本と米国)が、他の優れた学術研究と並んで今年の受賞に選ばれたことに恐縮しております。 
 第34回大平正芳記念賞の受賞者、皆様の仲間となれたことを光栄に存じます。
 大平正芳記念賞は私にとって、知的にそして個人的に、非常に特別な意味があります。知的な側面としては、私の本のテーマと大平首相が環太平洋連帯構想を推進するなかで遂げられた先駆的な業績との間に深い繋がりを感じております。皆様方がよくご存じの事ですが、大平首相はこの目的を実現するための戦略を考え出すために環太平洋連帯研究グループを集めました。この研究グループは1980年5月19日に最終報告を大平首相に提出しました。この報告書は、広大な太平洋を、多彩な国々が一生懸命に努力して一つの地域共同体を築き上げていく場としての内海と見なす、という説得力のある構想を打ち出していました。重要な点は、これは開放的な地域主義-自由で開放的な相互依存の促進-という考えに基づいていて、どの国がこの共同体に属するかについての境界は緩めになっていました。目的は閉鎖的な地域ブロックを形成することではなく、地域連携を深めることでした。そして賢明にも、貿易、投資、エネルギー供給、だけではなく、文化交流も強化されるべき絆とされました。人と人の交流、海外研究プログラム、教育、などを通じて環太平洋連帯の骨組みを強化することを強く主張しました。これは先進的な見解であり、21世紀への青写真でした。
 大平首相が提唱した環太平洋連帯構想は、混迷の時代に如何に対応すべきか、についての思慮深い見解でもありました。報告書には、第二次世界大戦から30年が経過し、自由で開放的な国際経済体制に衰えが見えてきたことに言及されました。この意図が使命の宣言として次の通りに書かれました。
 「このような環境のもと、日本と他の太平洋諸国が、協調と相互依存関係を強化することにより、自由で開放的な経済体制を活気づけ、維持するために共に努力することを願うものである。」

 第二次世界大戦から70数年が経ち、私たちは再び次の事柄に危惧を募らせています。多国間貿易が活性化されうるか、経済的な相互依存が引き続き促進されるか、太平洋が多彩な国々の繁栄の内海になりうるか、についてです。これが私の著書Dilemmas of a Trading Nation の意図する関心事です。この著書では、環太平洋パートナーシップ貿易協定(略してTPP)、の行方に焦点を合わせて幾つかの基本的な疑問への回答を追求しました。日本は自国の国内経済復興を促進するため、通商外交において更に前向きな役割を果たしうるか?米国と日本は、日米関係における貿易の役割を変えて、過去の摩擦を乗り越え、新たなる国際貿易のルール作りと環太平洋経済体制の構築に共に励むことができるだろうか?米国は国際主義の信義に立ち戻り、自由貿易制度を推進し続けることができるだろうか?
 貿易政策は各国において、経済再生、社会結合、国際的な影響と言った国の将来をめぐる議論の最重要課題に踊りだすこととなりました。米国と日本が貿易国として、この先どのような道を描くのかが、今、最も重要な問題です。懸念されるのは、この両経済大国は国際経済ルールを改善していけるか、途上国がさらに高度な水準を目指し集中していくようなインセンチブを作り上げられるか、という能力です。結果はいくつかの要因にかかっています。戦後の安定の源であったルールに基づく国際秩序の再確認、アジアにおけるアメリカ外交の中核となる二国間同盟の強化、ライバル国と友好国に対して米国の勢力維持を再認識させる能力です。

 通商政策の実行の場において、私たちは中国の台頭による地政学的な変化の時機に国際的な主導権の試験を目の当たりにしています。しかし、国際的な主導権争いでの成否は、これらの国が政治的な意思を集め、国内再生に投資する能力に掛かっています。私たちは急激な経済的な変化の中を突き進んでいます。テクノロジーとグローバル化が仕事の性格を変えつつあるので、そのため、開放経済を支えるには労働力開発、技術習得、社会流動性への投資が必要になるでしょう。海外で主導権を得るには、自国内での社会回復力が基礎となる。
 米国の貿易協定からの撤退の後、TPPプロジェクトを救ったことによって、日本は危機の中で貿易主導権を果たしうることを世界に示しました。TPP11は画期的な自由化の目標と、ディジタル(インターネット)・エコノミーのような新しい分野をカバーするルールによって、保護主義への地滑りを防ぎ、米国の復帰を促す道筋を示しました。理由は、すぐに明らかになりますが、メキシコがこの新たなTPPを批准した最初の国となったことは、私を勇気づけてくれました。

 大平正芳記念賞の受賞は、非常に個人的な旅で一回りして戻ってきた感じがします。私はメキシコで生まれて育ちましたが、母が、私の人生を大いに変えた決定なのですが、妹と私が英語だけではなく、新しい外国語も学ぶのが良いだろうと考え、メキシコシティーの新しい日本人学校「日墨学院」 Liceo Mexicano Japones に入学させました。1980年の春の事ですが、私は中学生で、大平首相がメキシコに来て、私たちの学校を訪問すると聞いて、皆で興奮しました。私の学年の生徒全員が、首相を歓迎する挨拶の文章を暗記するように言われました。そして先生方はその中から首相への挨拶文を述べるメキシコ人の生徒を一人選びました。その生徒代表に選ばれて、1980年5月2日に大平首相をお迎えしたことは、大変な幸運でした。(これは環太平洋連帯研究グループが最終報告を提出したのと同じ月です。)
 私が首相に何を語ったか、思い出せるのは「大平総理大臣」だけですが、運の良いことに、この行事についての新聞記事をとっておきました。皆さまお分かりの事と思いますが、14歳でこんな機会を持ったことに興奮しており、この新聞記事を38年間、アルバムに挟み込んでおいたのです。大平記念賞受賞の知らせを受け取ってから、私は記事を読み返し、再び首相の言葉に感動を覚えました。これは大体の訳文ですが、大平首相があの講堂で私たち、メキシコ人、日本人の生徒に託したメッセージを掴んでいます。

 「親愛なる子供たち、あなた方は将来両国の基盤となる人材です。一生懸命勉強し、優れた市民に成長してください。」
 「あなた方にとって重要なことは、幅広い視野と柔軟な思考を獲得し、未来の国際コミュニティに貢献することです。その点で、リセオは、両国民の関係を近いものとするような絆を生み出すという重要な使命を担っています。」
 今、この同じメッセージを、今度はスペイン語ですが、東京まで私と一緒にきた二人の娘に捧げたいと思います。(下の娘は、私が首相から聞いた時と全く同じ年齢なのです。)

“Ustedes,queridos
“Lo importante

 国際社会に背を向ける国が増えるこの混迷な時に、柔軟な思考と寛容な心の重要性について、また、人と人の交流を深めることの大きな可能性について、次世代に向かって語るべき、もっと強力なメッセージはないと思います。メキシコ、日本、そして米国を巡る旅の中で、この理想に生きる方々から並々ならぬ機会を与えていただきましたが、この方々が環太平洋共同体での協力の原動力として、教育と文化交流を促進してきたのです。

 終わりに、家族への感謝の言葉を述べます。母は私の職業の道筋を定めることになった日本研究の道に置いただけではなく、可能な限り豊かな人生にしてくれました。20数年来の友人、山口睦子さん(むっちゃん)は家族同然になりました。そして娘のナタリアとパオラに:これは、私の為すこと全て同様に、あなた方のためのものです。私が誰であるのかに、意味を加え、私が為すことに目標を与えてくれるのがあなた方だからです。
ご清聴ありがとうございました。 

略歴
2ブルッキングス研究所外交政策プログラム上級研究員兼東アジア政策研究センター共同所長兼フィリップ・ナイト講座日本研究チェアーである。El Colegio de Mexicoより学士号(国際関係)、ハーバード大学にて修士号(東アジア研究)および博士号(政治・政策研究)を取得。現職就任前にEl Colegio de Mexicoの国際関係センターで客員教授、そしてブランダイス大学、アメリカン大学国際サービス学部で准教授を務めた。日本の経済政策、通商政策、日米関係に関する記事、論文を多数執筆している。著書に “Banking on Multinationals: Public Credit and the Export of Japanese Sunset Industries” (Stanford University Press, 2004)、“Cross-Regional Trade Agreements: Understanding Permeated Regionalism in East Asia” (Springer, 2008)、“Competitive Regionalism: FTA Diffusion in the Pacific Rim” (Palgrave Macmillan, 2009)など。最新作“Dilemmas of a Trading Nation: Japan and the United States in the Evolving Asia-Pacific Order”(Brookings Press, 2017)。

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