環太平洋連帯研究グループ
一 環太平洋連帯の理念
(1) 交通・通信手段の著しい発達によって、太平洋は内海と化し、太平洋諸国がひとつの地域社会を形成し得る条件が整った。現に太平洋諸国の間では、すでに二国間・多国間の協力関係が多様に展開され、そこにひとつの地域社会の建設を構想する動きもいくつかある。
(2) われわれの環太平洋連帯構想は、このことを前提としつつ、二十一世紀を目指して、この地域がもつ大きな可能性を、たんに太平洋諸国のためだけでなく、人類社会全体の福祉と繁栄のために、最大限に引き出そうとするものである。
(3) 太平洋地域の著しい特色は、次の二点にある。
① この地域にある諸国は、先進国・発展途上国の別を問わず、活力とダイナミズムに満ち、大きな可能性を秘めたものが多い。
② この地域にある諸国は、経済の発展段階で見ても.人類・文化・宗教などにおいても、極めて多様である。
(4) このような認識を前提とするわれわれの構想は、次の三つの特色をもつ。
① 地域外に対しては、それは排他的で閉ざされたリージョナリズムでは決してない。ガット・IMF体制を基軸とする自由で開かれた国際経済システムが、近年かげりを見せていることを深く憂慮するわれわれは、太平洋諸国が、その特色とする活力とダイナミズムをよく活用して、グローバリズムの新たな担い手となることを、心から期待する。
② 地域内部においても、それはあくまでも自由で開かれた相互依存関係の形成を目指す。まず、文化面の多様性を最大限に尊重しつつ、その交流を図る。経済面では、発展途上国の立場と利益を最大限に尊重しつつ、自由な貿易や資本移動を極力促進する。先進国側の率先した市場開放、経済・技術協力と、発展途上国側の着実な自助努力とによって、この地域が、南北問題にひとつの新生面を切り開いていく可能性は大きい。
③ われわれの構想は、この地域にすでに存在する二国間・多国間の協力関係と、なんら矛盾しない。むしろそれらの成果に立脚し、相互補完関係に立つものである。
二 環太平洋連帯の課題
(1) 環太平洋連帯構想を推進するためには、さまざまなことが可能であり、必要である。そこには、いますぐ取り上げられるべき課題もあり、長期的な課題もある。関係諸国が共同で取り組むべき課題もあり、日本が率先して進めるべき課題もある。
(2) われわれは、報告書において、推進すべき多くのプロジェクトを提示した。この要約では、われわれの考え方の概略を述べ、参考までにいくつかのプロジェクトを例示する。
(3) 多様性の尊重がわれわれの構想の核心であり、したがって、地域内の諸国民がその多様性を相互に深く理解し合うことが、この構想推進の第一歩となる。それは、あらゆるレベルで、さまざまな人々によって、行われなければならない。
例えば、青少年の留学、「洋上大学」、ホーム・ステイなどによって人的交流を促進するとともに、「環太平洋博覧会」など各種のフェスティバルを開催して、域内諸国の文化遺産、芸術作品、日常生活などを互いに紹介し、相互理解を深める。
また、観光の相互理解に果たし得る役割を再評価し、「ワーキング・ホリデー」などの活用を図る。
(4) 域内の教育・学術交流の促進のために、日本の大学の国際化を大幅に進める必要がある。この点で、国立大学での外国人教員の差別撤廃、国際的に開かれた大学院大学の設立、地域研究の推進などが、極めて重要である。
(5) 発展途上国開発の大きな隘路となっている人材不足に対して、先進国の人づくり協力・技術協力の体制を強化することが必要である。
日本も、この分野でいっそう貢献するため、例えば「技術協力総合センター」を設立して、これまで専門家が、いわば国内業務のかたわら、アド・ホックに派遣されるにすぎなかった体制を、大幅に改善する。
(6) 太平洋地域における貿易の協調と拡大を進め、域内産業構造の積極的な転換を図るため、関係諸国間で「貿易と国際投資に関する環太平洋宣言」を起草して、指導理念を明確にする、この宣言で、先進国は、貿易自由化や関税・非関税障壁の軽減など市場開放について、プレッジを行う。発展途上国には、とくに国際投資の環境づくりについて、プレッジを行うことを期待する。
また、「環太平洋産業政策協議フォーラム」を設立し、指導理念の現実的適用について議論を重ねる。
とくに日本としては、この地域全体の発展に貢献することが、日本にとっても中・長期的に大きな利益をもたらすことを認識し、例えば、熱帯農産物など相手国関心品目の輸入拡大、中進国への技術移転の促進に、努力すべきである。
(7) 太平洋地域に豊富に存在する資源の開発について、関係諸国が協力すべき分野はすこぶる多い。
例えば、広大な海洋が秘めている無限にも近い資源を活用するための手がかりとして、「太平洋海洋科学共同調査」を実施することは、極めて挑戦的な課題である。
人工衛星の共同利用による資源探査や、原子力、石炭の液化・ガス化、太陽熱、バイオマスなどエネルギーの共同開発も、魅力あるプロジェクトであろう。
また、米の増産に関する共同プロジェクトの推進など農業協力、未利用樹種の利用・開発など林業協力や水産資源の有効活用のための漁業協力も、重要な課題である。
(8) さまざまなプロジェクトを行うためには、地域内における資金の流れが円滑であることが、不可欠の前提である。
このため、域内国際金融・資本市場の発達が重要であるが、日本も率先して、直接・間接の規制や相対取引の縮小、金利の自由化など、金融・資本市場の開放・自由化を進めることが必要である。
また、米ドルは引き続き重要な国際通貨としての役割を果たしていくであろうが、日本円についても国際的使用の増大を展望した施策を行うべきである。
さらに、域内国際金融機関の拡充や投資保証協定の締結など、投資環境の整備が重要である。
(9) 交通・通信分野での近年の著しい技術革新の成果は、太平洋地域において必ずしも十分に活用されていない。航空については、東西・南北の幹線とともに域内周回・島嶼路線を整備し、旅客・貨物の多様なニーズに見合った運賃体系を導入する必要がある。
通信については、光ファイバー・ケーブルなど新技術の開発を展望して、太平洋通信網の整備を図り、料金制度の改善に努めるべきである。なお、域内直接放送衛星の打上げも夢のあるプロジェクトである。 さらに、マス・コミュニケーション・システムと入国管理、在留管理などの制度の国際化も、鋭意進められなければならない。
三 環太平洋連帯の実現を目指して
(1) このような可能性と多様性をうちに含む地域にひとつの連帯を構想することは、史上に類を見ない。それは、課題の魅力の大きさと困難さとを、同時に物語っている。環太平洋連帯の推進は、あくまでも拙速を避け、広く国際的討議を積み重ねながら、慎重かつ着実に行われなければならない。
(2) 本年九月、オーストラリア国立大学(ANU)で開催されるセミナーが、今後に続く一連の国際会議の端緒をなすことが期待される。さしあたりは、そうした会議の運営主体として、関係諸国の識者一五ないし二〇名から成る民間委員会が設立されることを、われわれは期待する。
何回かの会議の積重ねの後には、この委員会は、環太平洋連帯のための常置機構的な性格を帯びてくるであろう。それは、関係諸国のコンセンサスを得た事項について、共同意見を発表し、関係諸国政府に勧告することもできよう。
(3) この委員会とは関係なく、すでにその例が見られるように、特定のテーマについて政府または民間ベースで専門家の作業部会を設け、プロジェクトの推進を図ることは環太平洋連帯の着実な実現のために極めて有益である。
(4) 関係諸国政府が相語らって、国際機構を設立することを検討するのがその次の段階である。