『民主化の虚像と実像―タイ現代政治変動のメカニズム』
玉田 芳史(京都大学・大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・助教授)
<タイ研究20年>
私は大学院進学後にタイ政治の勉強を始め、1983年末にタイのチュラーロンコーン大学へ留学しました。当時は1ドルが250円、1バーツが10円ほどの時代でした。悪名高いバンコクの交通渋滞も朝夕と降雨時だけでした。
留学当初はタイの現代政治を学ぼうと考えており、まずタイ語の学習に励みました。タイ語文献を読めるようになると、現代政治についての実証研究がほぼ皆無であることがわかりました。実証的な研究といえばもっぱら歴史研究でした。このため、歴史研究の文献を読むようになりました。しかし、現代のことが何もわからないまま帰国する訳にはゆきませんので、研究者や学友との政治談義のかたわら、新聞や週刊誌をせっせと読むようになりました。
1985年末に帰国してからさほど間もない頃に、大平正芳記念賞を受賞したすばらしい書物があるから、日本語に翻訳してみないか、というお勧めをいただきました。第1回受賞作の1つであったタックさんの『タイ』(翻訳の出版は1989年)です。翻訳作業をしながら、いつかは一人前になって、こんな賞をもらいたいものだと思ったものです。ですから、このたびの受賞は、ある意味では宿願がかなったわけであり、喜びや感慨も一入でございます。大平財団のみなさまならびに選考委員の諸先生に厚く御礼申し上げます。
留学時代にやっておりました2つの作業がその後の研究の基本線になりました。政治史研究と現代政治研究です。受賞作で取り上げたミドル・クラスは、それまで研究していた軍隊や政党などよりもずっと厄介でした。新聞や学術文献に描かれるのはもっぱら美化された姿ばかりだからです。取り組もうと決めてから曲がりなりにも仕上げるまでに10年ほどもかかってしまいました。
タイはダイナミックに変化しつつあります。近代国家形成を中心とした歴史研究はまだまとめ上げるに至っておりません。今回の受賞をはげみとして、研究をもっと進めてゆきたいと考えております。
略歴
1958年岐阜県生まれ。81年京都大学法学部卒業、83年同修士課程修了、87年同博士課程中途退学。専門はタイ研究・比較政治学。87年より愛媛大学法文学部助手、講師、助教授を経て、90年京都大学・東南アジア研究センター・助教授、97年より同大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・助教授。主な論文に「タイの国民的官僚制と国民形成」(1999年)、「タイの官僚養成と教育機会、1892~1932年」(1999年)、「タイのナショナリズムと国民形成」(1996年)、“Coups in Thailand, 1980-1991”(1995年)など、翻訳にタック『タイー独裁的温情主義の政治ー』(井村文化事業社、1989年)がある。“Itthiphon and Amnat: An Informal Aspect of Thai Politics”(1991年)はタイ語に翻訳されている。