『市場と経済発展―途上国における貧困消滅に向けて』(東洋経済新報社 2006年)
澤田 康幸(さわだ・やすゆき)(東京大学大学院経済学研究科准教授)
園部 哲史(そのべ・てつし)(国際開発高等教育機構主任研究員・政策研究大学院大学連携教授)
<市場をよりよく機能させる開発政策の実現へ>
輝かしい歴史を持つ大平正芳記念賞を賜り、誠に有り難く光栄に存じます。大平正芳記念賞運営委員会、選定委員会の諸先生方、ならびに財団関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
市場経済とは取引で成り立っている世の中のことですが、取引はインチキやゴマカシ、裏切りと常に隣り合わせです。それはわが国でもさまざまな偽装問題が生じていることからも明らかで、途上国はなおさら酷い状況にあります。それにも関わらず、市場経済は途上国でもそれなりに成り立っています。それは何故かという問いに答えるべく、開発経済学者12名と日本経済史家6名が集まりました。
それぞれの地道な研究を集成してみると、さまざまなことが明らかになりました。まず、「市場の失敗」を克服するために農民、商人、企業家が、家族の絆、血縁、地縁、仲間意識、民族の紐帯、共同体ルール等、広い意味での「制度」を用いて、円滑な取引の成立に貢献している姿がはっきりと浮かび上がりました。その姿は、戦前日本でも、台湾・中国・フィリピン・インドネシア・インドなど現代のアジア諸国でもまったく同じです。さらにはアフリカでもよく似ています。つまり取引を成就させるための民間の工夫や努力が積み重なって草の根的な制度となり、それが市場経済を支えるというのは普遍的な事なのです。
しかし民間の力だけでは克服しがたい市場の失敗があります。そこで本書は、政府や国際機関やNGOが経済発展のために果たすべき役割も検討しました。農民や商人や企業の努力を支援する輸送・通信インフラへの投資、農民への情報サービスの提供、経営者の能力アップによる産業集積の支援が重要です。これらは常識的ではありますが、常識のない政府も少なくないので、証拠を固めることは重要なのです。今後の課題は、研究者と開発援助政策の担当者との有機的な対話を促し、市場をよりよく機能させる開発政策を実現することであろうと考えています。
澤田康幸氏略歴
1967年兵庫県生まれ。1990年慶応大学経済学部卒業後。1992年大阪大学経済学修士、1994年東京大学学術修士(国際関係論)、1996年Stanford大学修士(国際開発政策)。1999年Stanford大学より経済学博士号取得。パキスタン開発経済研究所(PIDE)客員研究員、世界銀行調査局(DECRG)コンサルタント等を経て、1999年より2003年まで東京大学大学院総合文化研究科助教授。2002年より東京大学大学院経済学研究科助教授。2006年より経済産業研究所ファカルティフェロー。主な著作は、『国際経済学』(新世社, 2003年)。
園部哲史氏略歴
1984年東京大学経済学部卒業後、同大学大学院に入学。1987年よりYale大学大学院に留学し、1992年に同大学より経済学博士号取得。東京都立大学経済学部講師、助教授、教授、アジア開発銀行客員研究員、フィリピン大学ディリマン校経済学研究科客員研究員を経て、2003年より財団法人国際開発高等教育機構(FASID)主任研究員および政策研究大学院大学(GRIPS)連携教授。主な著作は、『産業発展のルーツと戦略:日中台の経験に学ぶ』(共著、知泉書館, 1994年)、Cluster-Based Industrial Development: An East Asian Model (共著、Palgrave Macmillan, 2006).