『経済発展における共同体・国家・市場:アジア農村の近代化に見る役割の変化』
(日本評論社 2020年)
加治佐 敬
(青山学院大学国際政治経済学部教授)
この度は、大平正芳記念賞という大変栄誉ある賞をいただき誠に光栄に存じます。財団の関係者の方々、そして賞の選考にあたられた委員の先生方、選考に貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。
本書は、日本を含めたアジア農村の事例に基づき、共同体・国家・市場がどのように役割分担を調整してゆくのが持続的発展のために望ましいのかという課題を分析しています。その中でも特に共同体の可能性と限界をテーマの中心に据えましたのは、国家と市場の役割分担に関してはすでに経済学において公共財の理論や「市場の失敗」の理論が充実して
いる一方で、共同体の役割に関する議論は十分に行われてこなかったからです。
共同体の理解を深めることは、多くの途上国で共同体が急速に変容してゆく中、ますます重要になってくると思われます。さらには、昨今の新型コロナ禍のもとでの行動自粛の実現を考えるうえでも重要になってくると思われます。強固で排他的な共同体は、病原菌からの自衛には有効ですが、新たなつながりの可能性を制限するというトレードオフがあ
ります。強固な共同体に関しては、本書の灌漑の事例から、新たなつながりに関しては農村労働市場の事例から多くの示唆が得られます。新型コロナへの対応としては、国家による強制も可能である一方で、補助金や罰金などを使い市場的に解決する方法もあります。このようなオプションがあり、さらには各地域により共同体の構造、国家の運営能力、市場の成熟度に多様性があるなかで、最終的にはどのように役割分担のバランスをとってゆけばよいのしょうか? 本書の枠組みの応用が有効なのではないかと考えております。
これまで研究を支えてくださった先生方、共同研究者の方々、出版社の方々、そして何よりも忙しい中インタビューに答えてくださった現場の方々に感謝の意を表したいと思
います。この研究成果が現地の人々の生活の向上に結びつくことを願ってやみません。
略歴
1999年ミシガン州立大学農業・食料・資源経済学研究科Ph.D.(Agricultural Economics)。世界銀行コンサルタント、国際開発高等教育機構(FASID)ファカルティフェロー、政策研究大学院大学(GRIPS) 連携准教授、国際稲研究所(IRRI)主任研究員などを経て、2012年より現職。アジアやアフリカを中心に農業発展や共同体の制度変化に関する調査を行ってきた。最近の業績として“The effect of volumetric pricing policy on farmers water management institutions and their water use:the case of water user organization in an irrigation system in Hubei,China” ( 共著, World Bank Economic Review, 2017)、やChanges in Rice Farming in the Philippines:Insights from Five Decades of Household-Level Survey(共著、IRRI、2015年)など。