『世界史のなかの東南アジア-歴史を変える交差路』(名古屋大学出版会、2021年)
長田 紀之 氏(アジア経済研究所研究員)
青山 和佳 氏(東京大学東洋文化研究所教授)
今村 真央 氏(山形大学人文社会科学部教授)
蓮田 隆志 氏(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部准教授
このたびは栄誉ある大平正芳記念賞特別賞を受賞し、たいへん光栄に存じます。大平正芳記念財団、本賞選定委員会、名古屋大学出版会、および本書の刊行にご助力頂いた全ての方に厚くお礼申し上げます。
本書は、80年代からこの分野を牽引するアンソニー・リード氏の近著である東南アジア通史を翻訳したものです。リード氏は各国別政治史を中心とするそれまでの東南アジア史叙述と決別し、さまざまなテーマに基づいて国境を横断しつつ、地域全体の経済や文化を分厚く描き出しました。本書では、気候や災害、商業などに加えて、男女の役割分担、非国家社会、表演(パフォーマンス)|書かれた文芸と対比される、踊り、詠唱、演劇、音楽など|といった、従来の歴史叙述からこぼれ落ちていたテーマが取り上げられます。これにより、たとえば東南アジアでは強大な国家が発生しにくかったことが環境や生業から説明され、国家の支配を逃れる社会も貿易などを通じて各地とつながっていたと述べられます。また、地域の言葉による表演は、ネーションの形成につながるものであったと議論されます。リード氏によれば、こうした歴史を学ぶことには明確な意義があります。これからの人類は環境と調和し、男女の均衡を保ち、国家に過剰に依存しない生き方が必要となるため、こうした特徴を持つ東南アジアの歴史はあらゆる人びとにとって将来の参考になるのです。
このように幅広いトピックを扱う原著の翻訳は、至難の業でした。私たち訳者チームはメールや合宿での議論を通じて多くの問題を検討しただけでなく、16名にもおよぶ各地域・分野の専門家に助言を求めたことに加え、リード氏本人にも120を超える質問を送り、さらに5名の方に出来上がった原稿を通読しコメントして頂きました。ご協力頂いた方に感謝するとともに、私たちの取り組みは学術書翻訳に一つのモデルを打ち立てたとも自負しています。今回の受賞を通じて、本書がさらに幅広い読者を得られることを願います。