『辺境からの中国ー黄海島嶼漁民の民族誌』(風響社 2023年)
緒方 宏海(香川大学経済学部教授)
このたびは、名誉ある大平正芳記念賞を賜り、大変光栄に存じます。心より御礼を申し上げます。
ご存じのように、中国は総じて国民生活は改善されてきましたが、依然として農村と都市の経済格差が見られます。約14億人の中国において三分の一以上の人口を占める農民の生活向上は、現在も中国政府にとって重要な課題ですし、農村の抱えるこのような問題は、しばしば、研究やマスメディアで取り上げられてきました。しかし一方で、従来のマスメディアで取り上げられてきた経済的弱者の姿とは異なる実態が、一部の非・都市部に見られることにも着目すべきと考えました。そのような経緯で、現代中国の辺境離島における漁民の実態を、僥倖にも、このたび世に提示することができました。
鄧小平氏は、かつて、「一部の人、一部の地域が先に豊かになれ」という「先富論」を旗印に進めた「改革開放」路線により、経済的成功を収めました。拙著で扱った中国の黄海島嶼の漁民も、この「改革開放」路線の波に乗り、漁業と観光産業を発展させ、都市住民を超える収入を得ています。島の外部から様々な「圧力」もありますが、現在のところ、島民は、経済的成功を武器に、活力のある自律した社会を主体的に維持しています。ちなみに、この中国の黄海における離島の地域は、日本に近いにも拘わらず、学術的に長く注目されてこなかった地域でした。そこで、この地域の体系的な記録がなかったため、拙書では島の歴史と現在をも民族誌として詳述し、その上で、島の社会の変化と島民の相互行為の選択を事例分析から明らかにしております。
今後は、中国にこだわらず、瀬戸内海や香川県の離島の過疎化や漁業衰退といった課題解決にも、誠に微力ですが貢献いたしたく、一層精進してまいります。
最後になりましたが、拙書の出版に際し、ご指導を賜りました先生方、ご助言下さった学友の方々に、深く感謝いたします。また、編集や出版にご尽力頂きました風響社の皆様に心から感謝申し上げます。
拙い研究を支えて下さった皆様に、今後も変わらぬご支援を賜りますようお願いし、謝辞に代えさせていただきます。
略歴
香川大学経済学部教授。
2010年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。
2010-2013年日本学術振興会特別研究員PD。
2014年10月より香川大学経済学部専任講師。
2019年東京大学大学院総合文化研究科博士課
程修了。
専門は文化人類学で、主な研究テーマは東アジアの島嶼漁村・農村における社会変動、親族関係の研究、民間信仰の研究。
主要論文は『島嶼における「家族の個人化」に関する人類学的研究』: 瀬戸内海の小島嶼を事例として」『島嶼研究』(2022年)。