『マレーシアに学ぶ経済発展戦略ー「中所得国の罠」を克服するヒント』(作品社 2023年)
熊谷 聡(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
中村 正志(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
このたびは、大平正芳記念賞という歴史と伝統ある賞を賜りましたこと、大変光栄に存じます。大平正芳記念財団の関係者の皆様、時間を割いて審査をしていただきました委員の皆様に心より感謝いたします。
本書は、マレーシアの過去50年にわたる経済発展の軌跡を政治・経済両面から分析し、「中所得国の罠」を脱するためのヒントを導き出そうと試みたものです。これまで、経済発展の模範は東アジアの国々、特に日本や韓国などでした。こうした国は「奇跡」とも称されるような超高度成長を長期間にわたって続け、一気に高所得国入りしました。ただ、こうした国々は人種的・言語的な等質性が著しく高いなど、世界的に見ると特異な国で、多くの国にとってはその経験に学ぶことは容易ではありませんでした。
その点、マレーシアはマレー系、華人系、インド系という主要3民族が暮らす多民族国家であり、半導体の主要生産国であると同時に石油や天然ガス、パーム油など一次産品も産出する多様な性格を持った国です。世界的に見ると「標準的な国」に近いマレーシアが、ゆっくりではあるが着実な経済発展を遂げ、高所得国入り直前までたどり着いた姿からは、他の途上国が学ぶことができる教訓を多く導き出せるのではないか。そんな思いで本書を書き上げました。
本書の大きな特徴は、政治と経済の研究者が協力して一国の経済発展を総合的に分析した点にあります。これまで「中所得国の罠」の議論では、人材の不足、未熟な中小企業、インフラの未整備などがその要因としてあげられることが多かったのですが、こうした問題はそれに取り組む政治的な体制や意思があってはじめて解決できるものです。その点で、マレーシアが経済発展段階ごとに直面する異なる政策課題に、政治的な改革を伴いながら対応していく姿は非常に印象的なものでした。
本書はいくつかの偶然とご縁、多くの方々のご協力・ご指導のもとにはじめて生まれたものと考えております。また、あらためて過去の受賞作と受賞者の皆様のお名前を拝見しますと、賞の重みに身の引き締まる思いがいたします。これを励みに、引き続き発展途上国の政治・経済の研究に取り組んで参ります。
熊谷 聡 略歴
1971年島根県生まれ。1996年慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程修了,2004年ロンドン大学政治経済学院(LSE)経済学部修士課程(MSc)修了。1996年アジア経済研究所入所,2024年4月より現職。2013?15年マレーシア経済研究所(MIER)客員研究員。専門は,国際経済学(貿易)およびマレーシア経済。主な著作に『ポスト・マハティール時代のマレーシア──政治と経済はどう変わったか』(共編著,アジア経済研究所,2018年)、The Middle-Income Trap in the ASEAN-4 Countries from the Trade Structure Viewpoint(Emerging States at Crossroads 2019) など。
中村 正志 略歴
日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。東京外国語大学外国語学部インドネシア・マレーシア語学科卒業、同大学院地域文化研究科博士前期課程修了、東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。おもな著作は、『パワーシェアリング:多民族国家マレーシアの経験』(東京大学出版会、2015年)、『ポスト・マハティール時代のマレーシア:政治と経済はどう変わったか』(熊谷聡との共編著。アジア経済研究所、2018年)など。