『国王奉迎のタイ現代史ープーミポンの行幸とその映画』(ミネルヴァ書房 2023年)
櫻田 智恵
(上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科助教)
このたびは、栄誉ある大平正芳記念賞を受賞し、大変光栄に存じます。財団関係者の方々、および選考委員の先生方に、深甚なる感謝を申し上げます。また、本書の刊行までにさまざまな形でご尽力くださった方々に、厚くお礼申し上げます。
本書は、東南アジアのタイにおける君主制をテーマとしております。2016年に崩御するまで70年間にわたってタイ国王の座にあった前国王プーミポンは、政治や経済だけでなく、民衆の生活にわたるまで広く、強い影響力を持ちました。前国王がなぜ絶大な権威を形成・維持できたのかについては、「国民からの敬愛」が鍵になっていることが度々指摘されながらも、不敬罪の存在などを理由にほとんど研究がなされてきませんでした。
本書では、プーミポン前国王が実際に民衆からの敬愛を集めていたかどうかではなく、「民衆は国王を尊崇しなければならない」「プーミポン国王は素晴らしい人物であり、国王である」という神話とも呼べるような強固な社会規範が出来上がっていく様相を明らかにするため、特に地方行幸と「国王の映画」と呼ばれたニュース映画の拡散とに着目して分析を行いました。一次資料からの詳述にこだわり、1950年代から1970年代にかけての人々が国王をどのように見ていたのか、当時の社会はどんな様子だったのかなどを読者の皆様に具体的にイメージしてもえたらいいという思いで執筆いたしました。実現できたかどうかは読者の皆様の判断にお任せすることになるかとは思いますが、資料性という意味では一定の貢献ができたのではないかと自負しております。
タイでは2000年代後半から続く政治対立において王室が一つのシンボルになっていることなどから、以前とは違う意味でも王室に注目が集まっています。特に2019年以降は、それまでタブーだった民衆からの王室批判が真っ向から展開されるようになり、タイ王室は転換点を迎えています。同時に、日本や世界に目を転ずると、現代における各国の君主制の存在意義、そして民衆との関係性のあり方も問い直されているように思われます。本書が、タイの事例にとどまらず、現代君主制をみる上での何らかの視点を提供できていれば幸いです。
略歴
博士(地域研究)。専門はタイ地域研究、現代政治史。
上智大学グローバルスタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程修了、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻修了。同研究科特任助教、チュラーロンコーン大学文学部International Staff、日本学術振興会特別研究員(RPD)などを経て、上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科助教。
主著に『タイ国王を支えた人々:プーミポン国王の行幸と映画を巡る奮闘記』風響社,2018年、翻訳に『消えてしまった葉』(チラナン・ピットプリーチャー著、四方田犬彦との共訳)港の人,2017年などがある。