『国際法を編むー国際連盟の法典化事業と日本』(名古屋大学出版会 2023年)
高橋 力也(横浜市立大学国際教養学部准教授)
このたびは栄えある大平正芳記念賞を賜り、大変光栄に存じます。審査をしていただいた選定委員会の先生方をはじめ、大平正芳記念財団の関係者の皆様には心より御礼を申し上げます。また、私を研究者の道へと導いてくださった指導教官の篠原初枝先生や、この本を世に出してくださった名古屋大学出版会の皆様にもこの場を借りて深謝申し上げます。誠にありがとうございました。
今回受賞作として取り上げていただいた拙著『国際法を編む』は、1920年代に国際連盟が実施した国際法の法典化事業に、当時の日本がどのような関わりをみせたのかを検討したものです。戦間期の日本は、国際社会の秩序構築には関心が薄かったといわれており、この定説は今後も簡単には揺るがないでしょう。他方で、この時代にあって、新たな外交様式として立ち現れた連盟における会議外交に希望を見出し、国際法の強化に熱心に取り組んだ安達峰一郎や松田道一のような外交官も現にいました。拙著では、彼らの法典化事業における活動を題材に、戦間期日本外交のもう一つの側面を明らかにすることを試みました。
このたびの受賞に際して、財団発行のパンフレット『硯滴考』の諸号に目を通し、大平元首相の思想に触れる機会に恵まれましたが、そこで見た「永遠の今」という言葉には、連盟外交に携わった安達や松田のことを思い起こさずにはいられませんでした。
安達らは、国際政治の冷厳な現実を度外視するような夢想主義者では決してありませんでした。これまでの国際関係史の歩みを振り返れば、連盟の設立が直ちに世界平和の実現に繋がるとは到底考えられない。それでもなお、連盟が国際法の法典化をもって何かを成そうとするならば、その未来に背を向けるのではなく、「今」日本が担うべき役割は何かを真剣に考え、実行に移す。雑駁にいえば、彼らにはそのような信念があったように思います。ここに、「過去的な引力を無視して未来をのみ志向する」のではなく、「未来に目を蔽い、過去にのみ執着する」のでもない、という大平元首相の「今」に対する姿勢とどこか共振するところがあるかもしれません。
大戦のはざまを生き抜いた彼らにとって、「今」とは何であったか。今回の賞を励みに今後より一層精進し、この点を引き続き突き詰めてまいりたいと思います。改めまして、このたびは誠にありがとうございました。
略歴
慶應義塾大学法学部法律学科卒。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程、イリノイ大学ロースクール修士課程(LL.M.)、ロンドン大学キングス・カレッジ大学院戦争学研究科修士課程(MA)修了後、外務省総合外交政策局、国連日本政府代表部、日本大学国際関係学部での勤務を経て、2022年4月より現職。博士(国際関係)。専門は、国際法史および国際機構論。