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第38大平正芳記念賞受賞者

『大陸反攻と台湾-中華民国による統一の構想と挫折』(名古屋大学出版会 2021年)

五十嵐 隆幸
(防衛大学校防衛学教育学群准教授)
この度は、名誉ある大平正芳記念賞を賜り、誠に光栄に存じます。財団関係者の皆さま、運営・選定委員会の先生方、本書の執筆にあたりご指導くださった方々、本書の出版をご支援くださった方々に心より御礼申し上げます。
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、台湾では「今日のウクライナは、明日の台湾」と不安が広がりました。合理的に考えれば、中国が台湾に侵攻する可能性は高くないかもしれません。しかし、ロシアの行動は、我々が「現実」を楽観的に捉えてしまうことを戒めました。
中華人民共和国を指導する中国共産党にとって、「中国統一」は未完の目標です。そして中国の統一問題については、中華人民共和国が台湾を併合する構図で描かれることがほとんどでした。一方で、かつて台湾の政府も「中国統一」を国家目標として掲げていました。1949年に台湾に移った中華民国政府は、軍事力で中国大陸を奪還する「大陸反攻」の準備を始めています。既存の研究では、台湾の国際環境が狭まりゆくなか、経済発展とともにそのスローガンが消えていった、などと評されていました。しかし、「大陸反攻」が軍隊に与えられた任務である限り、何らかの政治的判断もなくその任務は解かれないはずであり、自然に消えていくことはありません。本書は、1991年に憲法の適用範囲を台湾地区に限る時まで、「大陸反攻」が軍隊の任務として保持されていたことを指摘しました。本書は、これまでの国際政治史で説明されてきた「冷戦の残滓」や米中対立の構造、台湾政治史研究で主流を占める「中華民国台湾化」の概念では説明できない台湾海峡の対立構造、今もなお台湾海峡を隔てて分断が続く「中国」の現状を読み解くための視点を提示しました。
本年は、大平正芳先生が田中内閣の外務大臣として、中華人民共和国との間の不正常な状態に終止符を打つことにご尽力されてから50年を迎える節目の年です。大平先生が掲げた「環太平洋連帯構想」の理念を基に、アジア太平洋地域の安定が維持されることを切に願うとともに、この研究成果が「台湾海峡の平和と安定」に結びつくことを願ってやみません。

略歴
1975年神奈川県生まれ。2020年防衛大学校総合安全保障研究科後期課程修了、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構より博士(安全保障学)授与。防衛省・自衛隊での勤務を経て、2020年より現職。主な研究領域は、東アジア国際政治史、中国政治・軍事、台湾政治・軍事、中台関係。最近の業績として、“When did the ROC abandon ‘Retaking the Mainland’? The transformation of military strategy in Taiwan” (Journal of Contemporary East Asia Studies, 2021)、「中共武裝力量的人力資源問題:面臨少子化及高齡化時代的中共解放軍」(『中共解放軍研究學術論文集』、2022年)。

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