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第39大平正芳記念賞受賞者

『Japanese Maritime Security and Law of the Sea』(Brill, 2022年)
石井 由梨佳
(防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授)
この度は、歴史と伝統のある大平正芳記念賞をいただくことができ、大変光栄に存じております。私どもの取り組みをこのような形で評価いただきまして、心より御礼申し上げます。大平正芳記念財団の関係者の皆さま、選考委員の先生方、そしてこれまで研究を支えてきてくださった皆さまに、感謝申し上げます。
大平元首相が提唱された環太平洋連帯構想は、今日形を変えながらも、一層重要性を増しています。「形を変えながら」と申し上げましたのは、1970年代末当時に構想されていたように、グローバル化と相互依存によって、自由で安定した国際秩序をつくっていくことは難しいということは明らかだからです。ロシアによるウクライナ侵攻が続いておりますが、これは自由で開かれた国際秩序に対する挑戦です。このように法の支配が危機に晒されている状況が続きますと、短期的にはモラルハザードが生じかねませんし、長期的には各地で法に対する信頼が揺らぐことが懸念されます。アジア地域に限りましても、地政学的な競争が顕在化していることは申し上げるまでもございません。
もっとも日本は一貫して法の支配に基づいた国際社会の形成を主導してきた立場にありました。そして、民主主義や基本的人権といった価値を、普遍的なものとして擁護してきました。そのことの重要性は、一層大きくなっているとも言えるでしょう。
私の著書は、第二次世界大戦後、日本政府が独自の海洋安全保障政策と海洋法の解釈を展開してきたことを、主に日本政府の国内法および国際法へのアプローチを実証することで示したものです。日本は東アジア地域において地政学的に鍵となる位置にあります。冷戦終結以降、米国の軸足が他の地域に移り、東アジア地域における緊張が高まったことを背景に、日本は2000年代以降、海上保安法制と有事法制を拡充させてきました。また、国際社会における海洋法の発展を受けて、国連海洋法条約等を実施するための国内法制を整備してきました。
しかしそれらの国内法制は日本が国際法上有している権益をそのまま実現するものではなく、独自の政策的考慮に基づき海上保安庁や自衛隊の権限を制約するものでした。その結果、海上における力の行使を規律する国内法制は構造的に安全保障上のギャップを残すものになっています。また、日本は特に海峡、島、排他的経済水域と大陸棚の重複海域に関しては他国とは異なる対応をしています。これらの対応が他国との関係において意図せざる効果をもたらさないかは、慎重な検討が必要であることを指摘しました。
同時に、日本は包括的な海洋法秩序を追求してきました。冷戦期にシーレーンを確保するために関係国と協力してきたこと、マラッカ海峡やアデン湾における海賊対処のために途上国を支援してきたこと、自由で開かれたインド太平洋構想を打ち出してきたことなどがその一例です。本書ではそのことを踏まえ、日本の海上保安法制の形成過程を明らかにし、その意義を評価することを試みました。
海洋法分野に限らず、各国が協力しあわなくてはならない課題はますます明らかになっております。このような国際的な状況を鑑みると、我々研究者が、学術的な立場から、どのような取り組みができるかということを考えざるを得ません。シンプルなようでいて、答えが非常に複雑である問題に取り組む上では、一過的な事象に捉われることない、地道な
基礎研究が必要です。
今日ご受賞されました庄司智孝先生とは、あるプロジェクトで、フィリピンの実地研究に行ったことがございます。その時、庄司先生が仰っていた言葉で、非常に印象に残っているのが、「それぞれの国や社会で、現地の人が使っている言語や文化がある。地域政治研究ではそれらを学び、その中に入って研究を進めていくことが必要だ」というものです。こうした研究を実現するためには、一人でできることは限られており、かつ一朝一夕には叶わないことがございますが、長期的な視点で研究を蓄積していくことが求められましょう。また同時に、新しい事象が次々と生じていく中で既存の枠に捉われない自由な発想が必要とも考えます。社会科学では一見違うように見える問題が、実はつながっているということがしばしばございます。そうした多面的な異なる視点からの検討も必要だと考えています。
この受賞を励みとしまして、今後もその一端を担っていけるように精進します。簡単ではございますが、以上をもちまして受賞の挨拶とさせていただきます。

略歴
東京大学法学部、コーネル法科大学院、東京大学院法学政治学研究科博士課程を修了(博士(法学))。日本学術振興会特別研究員、ハーバード法科大学院研究員等を経て現職。専攻は国際公法、海洋法、国際・越境刑事法。主著として『越境犯罪の国際的規制』(有斐閣、2017年)(第51回安達峰一郎記念賞)。諸々の研究プロジェクトや政府会合に関与。直近では内閣府・宇宙政策委員会・宇宙安全保障部会臨時委員、国連薬物犯罪事務所(UNODC)シニアコンサルタント等を務める。

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