『歴史経験としてのアメリカ帝国―米比関係史の群像』(岩波書店 2007年)
中野 聡(なかの・さとし)(一橋大学大学院社会学研究科教授)
<歴史家として今後も「アジア・太平洋」を語りたい>
このたびは拙著を思いがけず第24回大平正芳記念賞の受賞作に選定していただきました。大平正芳記念財団と貴財団運営・選定委員会、そして拙著を世に送り出すことを可能にしてくれた全ての皆さんに深く感謝申し上げます。
本書は、1898年(アメリカのフィリピン併合)以来、イラク戦争の今日に到る一世紀あまりにわたる米比関係史をめぐる多様な歴史経験を、アメリカニゼーション、デモクラシー、シティズンシップなどをキーワードに俯瞰したものです。米比関係は日本から見ると他者同士の関係ですが、「アメリカという問題」と向かい合ってきた人々の経験は私たちにとって決して他人事ではありません。そして日本はかつて第二次世界大戦で両国関係に深く介入した存在でもあります。そうした問題意識を読者と共有できればと思いながら私は本書を書きました。
歴史を可能な限り人々の生きた経験の側から描くことも、本書のめざしたことでした。本書の読者は、移民都市ニューヨークでの政治経験をフィリピンで生かしたCIA工作員、アメリカ南部とフィリピンで農民の自助支援事業に尽くした黒人社会学者、人種差別に苦悩しながらアメリカを愛した移民作家、二重市民権を得て米比を自由に行き来する現代のフィリピーノ・アメリカン、さらには人々や史料との出遭いを求めてせわしく旅する著者にまで出遭います。
このように太平洋を往来する人々の経験に焦点をあてたのは、「アジア・太平洋」を、現代国際政治・経済のダイナミックな舞台としてだけでなく、人々が往来する「歴史空間」として捉えてみたかったからでした。それだけに、「環太平洋」概念の発展に貢献する学術書に授与される大平正芳記念賞を受賞できたことに、私はなにものにも代え難い喜びを感じています。
受賞を励みに、今後も歴史家として「アジア・太平洋」をいかに語れるかという課題に取り組んでいきたいと思います。
略歴
東京都出身。1983年一橋大学法学部卒業。1985年一橋大学社会学修士、1995年一橋大学社会学博士。1990年より神戸大学専任講師、助教授を経て、1999年より一橋大学社会学部・大学院社会学研究科助教授、2003年より教授。フィリピン大学客員研究員(1994−95年)、コロンビア大学客員研究員・安倍フェロー(2005年−06年)。専門はアジア・太平洋国際関係史。著書『フィリピン独立問題史』(龍渓書舎、1997年、アメリカ学会清水博賞)。