『産業化する中国農業―食料問題からアグリビジネスへ』(名古屋大学出版会 2017年)
宝剣 久俊(ほうけん・ひさとし)(関西学院大学国際学部教授)
このたびは、名誉ある大平正芳記念賞を賜り、大変光栄に存じます。財団関係者の皆さま、運営・選定委員会の先生方、これまでの研究活動に多大なご支援を賜った指導教官の先生、同僚、友人、出版社の編集者など多くの方々に、心より感謝申し上げます。
ご存じのように、2018年は日中平和友好条約締結から40年目の年で、中国の改革開放の40周年にもあたります。他方、中国の改革開放がまず農村の経済改革から始まり、貿易・投資の対外開放と都市の経済改革に広がっていたことは、意外に知られていないかもしれません。人民公社のもとで低迷していた農業部門を立て直し、農民の生産意欲を高めるため、1970年代末に農業生産責任制が導入されました。農民自身の積極性も相まって、この制度は瞬く間に全国に広がり、1980年代前半には大幅な食糧増産を実現しました。
しかしながら、食糧の生産・流通に対する厳しい直接統制は継続され、農業の技術進歩も遅れたことから、1980年代後半から農業部門は相対的に低迷し、農村-都市間の経済格差は拡大し続けています。この状況を打開するため、1990年代に入ると「農業産業化」と呼ばれる農業・農村振興政策が提起され、1990年代後半から本政策が全国的に展開されてきました。そのなかで、「龍頭企業」と「農民専業合作社」と総称されるアグリビジネスと農協的組織が中心となり、農地の集約化と農業経営の専門化、契約農業の普及と農産物の高付加価値化が進展し、農村社会・経済の様相も近年、大きな変貌を遂げています。拙著では、このような40年間にわたる「三つの農」をめぐる問題、すなわち農業・農村・農民の問題の変容を一次資料に基づき実証してきました。
拙著の執筆中には、中国の地理な広大さと農業の多様性、農業事情の急速な変化に日々圧倒され、どのように取り組めば良いか常に迷い続けてきました。そのような時、先達の方々が残された優れた研究成果が、私にとって非常に心強い道標でありました。今回の受賞は、そのような私の研究姿勢をご評価頂いたものと思っておりますし、本受賞から研究を継続していくための大きな後押しを頂きました。誠に微力ですが、中国を含めた途上国の開発研究に一層精進していく所存です。
略歴
1972年東京生まれ。1995年一橋大学経済学部卒業、2000年一橋大学大学院経済学研究科・博士後期課程単位取得退学、2015年同経済学博士。2000年よりJETROアジア経済研究所・研究員、2017年より関西学院大学国際学部・教授。主な著作に、”Measuring the Effect of Agricultural Cooperatives on Household Income”, Agribusiness (forthcoming、共著)、「中国農民専業合作社の経済効果の実証分析」『経済研究』(第67巻第1号、共著)、『中国農村改革と農業産業化』(アジア経済研究所2010年、共編)などがある。