『CENTRAL BANKING AS STATE BUILDING: Policymakers and Their Nationalism in the Philippines, 1933-1964』(National University of Singapore Press in association with
Kyoto University Press. 2016年)
高木 佑輔(たかぎ・ゆうすけ)(政策研究大学院大学助教授)
この度は、伝統ある大平正芳記念賞をいただき、大変ありがたく、また身の引き締まる思いでおります。
本書では、フィリピン中央銀行の設立過程と初期の経済運営をめぐる政治過程を分析しました。本書が取り上げた1960年代まで、フィリピンは、アジアの中でも比較的順調な経済実績を誇り、政治的にも二大政党システムが機能していました。その後、1980年代に入ると、国内外の情勢変化もあり、経済危機と政治危機の時代を迎えます。1990年代初頭、近隣諸国が『東アジアの奇跡』を謳歌した一方、フィリピンは「アジアの病人」と呼ばれました。先行研究では、こうした病人としての側面を理解することに力を注いでいました。もしフィリピンが常に病人だというなら、1960年代以前の実績はどうやって理解できるのだろうか、というのが当初の問題関心でした。
ちょうどこの時期が研究上の空白地帯だったこともあり、いささか性急に研究対象を選んでしまったような気もします。そうした時、指導教授の山本信人先生から、「そもそもなぜ空白地帯が生まれているのか」を考えるようにご指導いただきました。そうすることで、物事を見る目としての分析視角の重要性に気づかされました。本書では、これまでの研究で支配的であった「弱い国家」という見方を批判し、社会経済構造の変容につながるような政治家、官僚や実務家のネットワークの存在を明らかにしました。
一部の実務家は、「アジアの病人」という批判を悔しい思いで受け止めたと思います。その頃から積み上げてきた改革の成果もあり、2010年代に入ると、フィリピンは新興国の一角を占めるようになりました。最近の研究では、こうした実務家について、連合(coalition)というキーワードを使って分析を進めています。大統領の派手な言動が耳目を集めがちなフィリピンについて、もう少し踏み込んだ理解が広まるよう、微力ながら貢献できればと思っております。これからもどうぞよろしくお願いします。
略歴
慶應義塾大学法学部政治学専攻卒業後、同大学大学院法学研究科(政治学専攻)に進学、日本学術振興会特別研究員、在フィリピン日本大使館専門調査員、デラサール大学(フィリピン共和国)教養学部国際研究科助教授等として勤務。慶應義塾大学大学院法学研究より博士号(法学)を取得後、博士論文を修正し、Central Banking as State Building: Policymakers and their Nationalism in the Philippines, 1933-1964 (Quezon City: Ateneo de Manila UP, Kyoto: Kyoto UP, Singapore: NUS Press) として出版。現在は、政策研究大学院大学にて、政治学や国際関係論等の授業を担当。